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<メディア時評・被害者の実名報道>公表の目安策定を 判断主体あいまい、混乱


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 事件・事故の被害者報道をめぐる議論が続いている。16年7月の神奈川・津久井やまゆり事件、17年7月の九州北部豪雨、同年10月の神奈川・座間9遺体事件において、当事者の要望を受ける形で自治体や警察当局が被害者の氏名を公表しないケースが続いているからだ。直近では、18年1月の白根山噴火でも当初、防衛省・群馬県・県警とも「遺族の了解が得られていない」として、死亡した自衛隊員の氏名を公表しなかった(ただし2月のヘリ事故では氏名公表)。

 これらから、報道機関の実名報道原則の主張を、社会全般としては必ずしも受け入れているとは言えない状況が明らかだ。一方で大規模災害においては、東日本大震災で明らかな通り、報道による安否確認が強く期待されている実態もあるわけで、あらためて問題の所在を確認しておきたい。

古くて新しい問題

 事件・事故報道における氏名の扱いが報道課題としてクローズアップされたのは1980年代半ば以降だ。それ以前にも、紙上裁判として、研究者や一部法曹関係者では議論されていたものの、扱う報道機関がおおよそ新聞社に限定されていたことから、社会全体の問題には成り得ていなかった。しかし、写真週刊誌の登場やテレビのワイドショーの開始などと相まって、深刻な人権侵害の事例として、報道被害が認識されるようになった。

 当初は、主として被疑者の取材・報道対応が問題とされていた。一方で、冒頭に挙げた事例のように、昨今は被害者の取材・報道が問題とされるケースが増えている(13年2月9日付本欄参照)。

 2003年の個人情報保護法や05年の犯罪被害者等基本計画の影響が一般に言われるが、インターネットの普及によりプライバシーがより身近な問題として認識されるようになったことや、いったん公表された個人情報が無限定に拡散することで、被害がより拡大、深刻化する状況が生まれていることもある。こうしたなかで、被害者の匿名発表が一般化している状況があり、従来の報道機関の主張はもはや力を持ちえていないのが現実だ。白根山事故にあたって陸自が発表した資料によると、過去10年間の公務中の事故死亡者のうち、実名公表は3件にすぎないという。

行個法の弊害

 匿名発表を誘引している一つの理由として、行政機関個人情報保護法の16年改正問題がある(施行は17年)。そもそも同法では改正前より、行政機関が保有する個人情報の第三者提供が「明らかに本人の利益になるとき」と「特別な理由があるとき」(8条2項4号)に限定されていた。

 報道機関への氏名等の発表は、「特別な理由」という例外的な提供扱いとされていることから、恣意(しい)的な判断で一方的に非公表になる懸念があるとして、当初から、一部で問題視されていた。そして実際に、旧法施行後には、「過剰反応」と呼ばれる官庁からの非公表事例が相次ぐことになった。

 行政が保有する個人情報は一般に、本人と公的機関の二者しかもっていないものと、氏名や顔写真のように緩やかな制限のもとで、一定程度幅広く社会で共有しているものがある。さらに、政治家の資産のように法的に公開が義務付けられているカテゴリーが別に存在する。

 それからすると、公務員については、被疑者である場合はもちろんのこと、被害者であってもこの「公開原則」の個人情報として位置付けることが可能ではないか。そして、大きな社会的関心の対象となった事件・事故の場合、緩やかな縛りの対象である氏名は公開カテゴリーに位置付けることとして、行政機関が恣意的な判断で是非を決めるのではなく、明文上の規定として先述の例外規定に、報道機関への提供を示すことが考えられてよかろう。

防災計画の影響

 もう一つは、災害対策基本法に基づき策定されている、政府の「防災基本計画」の影響だ。当初の段階で、災害時の被害者情報は消防庁(国)に集約し、公表することなどを決め、実効性のなさに現場からも非難の声があった。東日本大震災でも消防庁が一元管理の“1995年の全面修正ルール”は実行されなかった。にもかかわらず今回もその基本路線は継承しており、「人的被害の数(死者・行方不明者数)については、都道府県が一元的に集約、調整を行う」「都道府県は、関係機関との連携のもと、整理・突合・精査を行い、直ちに消防庁へ報告する」と規定している(2編2章2節)。

 この運用方法として、犠牲者・負傷者はその氏名も含め、地方自治体がまとめ、公表するかどうかの判断を行うということなのか、公表は消防庁が一元的に判断するのか、曖昧さが残ったままだ。

 発表主体が国であれ自治体であれ、その公表の是非を求められると、責任回避で穏当な匿名発表に落ち着きがちなことは容易に想像がつく。

 個人の実名発表問題に関しては、報道機関と関係機関の間で、あらかじめ一つの目安を策定することが混乱を招かない道ではないか。抽象的な実名報道の主張ではない、当局との間の実務的なマニュアルがあれば、知る権利の保障や、市民社会における過剰な匿名社会のまん延による疑心暗鬼を呼ぶようなことの回避にもつながるだろう。例えば、以下のことが考えらえる。

 (1)公務員の公職中の死亡・行方不明は必ず実名発表する。負傷の場合も可能な限り同様とする。
 (2)政府ほか公的機関が関与するような場合(たとえば、警察が救助活動を行った)も、(1)に準ずる。
 (3)上場企業社長ほか公人についても、(1)に準ずる。
 (4)警察が発表の是非について主体的に判断したり、当事者を代弁することは行わず、報道機関に情報提供することを原則とする。例外的に匿名発表をする場合の窓口として、ソーシャルワーカー等の専門家が遺族の意向を反映できるような制度を全国整備する。

 被害者実名報道の問題は、事件・事故報道に限らず、現行の報道原則に大きな影響を与えるとともに、行政機関とメディアの関係を推し量る重要な課題であっておろそかにできない。
(山田健太、専修大学教授・言論法)