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<メディア時評・青少年健全育成基本法>「子の保護」隠れみのに 表現規制、強化狙う


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 やっぱり、ではある。自民党が2月8日に青少年健全育成推進調査会(会長・中曽根弘文、会長代理・下村博文ほか、幹事長・義家弘介)を開催し、青少年健全育成基本法案や家庭教育支援法案の案文を提示、今国会の成立を目指す旨が同月20日の自民党機関誌「自由民主」に掲載されたからだ。その後、4月26日には文部科学部会・青少年健全育成推進調査会合同会議を開催し、方針を確認している。こうした青少年保護を名目とした「有害」情報に対する法規制の動きは、ほぼ周期的に巻き起こる。

 表現の自由の対抗的利益としては大きく、国家・社会・個人があるが、その社会的利益の中で古今東西普遍的に認められてきているものが「子どもの保護」である。公序良俗(わいせつ表現の禁止)とか平等な社会(差別表現の禁止)の実現などは、確かに重要な価値ではあるが、国によってあるいは時代によって、その判断基準は大きく異なるものだ。しかし、「将来を担う子どものため」となると、だれも反対する人はいないし、実際、様々な法社会ルールが実施されてきた。

 たとえば、子どもを〈客体〉とした表現規制の代表が「加害少年の匿名報道原則」で、日本では少年法で氏名・住所等の本人を特定できるような推知報道を全面禁止している。これは、北京ルールと呼ばれる国際標準となっている。一方で〈主体〉とした規制の代表が、わいせつ・暴力表現に対するアクセス制限だ。たとえば、成人映画の鑑賞を制限する映画館への入場規制は万国共通ルールとして有名だ。

「有害」図書

 そしていわゆる「有害」図書規制もまた、いまや多くの国で行われている一般的な表現規制ルールとなっている。日本でも、古くは1950年代から「エロ・グロ不良出版物」への対策を含むいわゆる青少年条例が各地ででき始め、70年代後半から自動販売機による「有害」図書類の販売を制限する目的で条例の整備が進んだ。その結果、80年代には長野を除く46都道府県で同種の条例が制定され、今日に至っている。

 その後、90年代には包括・一括指定などの強化策が進み、検閲に該当するのではないかとの違憲訴訟も起こされたものの、その後も対象をインターネットや漫画・アニメに広げるほか、罰則も強化される状況にある。こうした漫画表現への規制拡大については、「非実在青少年」として話題になったように、未成年者がポルノ猥雑(わいざつ)写真の被写体とされる場合と異なり、被害者がおらず保護法益がないのではないかという指摘のほか、戦時の国家総動員法における「赤本(安価な漫画本の俗称)」狩りによる漫画規制と通じるものがある、などの批判がある。

 そして「有害」環境対策としてのもう一つの流れが、自民党を中心とする「青少年健全育成法」制定を目指す動きだ。2000年には青少年社会環境対策基本法として、その後は名称に「有害」が加わる形で法案化されていたが、内容が性・暴力表現等を含む放送・図書・雑誌等の流通規制であったことから、報道界等から強い反対を受け断念、04年に規制色を薄めた「青少年健全育成基本法」として上程された(同年廃案)。

 その後、検討の舞台を「青少年の健全育成に関する小委員会」から「青少年問題に関する特別委員会」に変え、「青少年の健全な成長を阻害するおそれのある図書類等の規制に関する法案」骨子をまとめ、その議論の延長線上でインターネット上の「有害」情報対策として、携帯電話上の情報に特化した青少年ネット規制法(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律)が08年に成立している。

 その翌年には、同法を強化する内容の青少年総合対策推進法案を提出したものの、与野党の修正協議の結果、ニートの自立支援などを目的とする「子ども・若者育成支援推進法」として09年に成立した経緯がある。そして冒頭に紹介した今回の法案は、この支援推進法を全面的に組み替える内容として予定されている。それはある意味で、20年来の悲願である「有害」表現規制を実現するための強い意志を感じるものである。

表現規制への憂慮

 現在、自民党が予定している青少年健全育成基本法案はいわば理念法で、具体的な施策が書き込まれているものではない。国・地方公共団体・保護者・国民・事業者それぞれに対し、「責務」を定めるのみである。しかしこうした法枠組みが現場に強い影響を与えることは、昨今のヘイトスピーチ規制法が、理念法であっても具体的な表現規制効果をもたらしていることからも明らかである。

 たとえば、先に述べた通り各自治体のほとんどは、「有害」図書対策の条例を有する。こうした自治体間や国との連携を法が求めることで、法が条例の「親法」として位置付けられ、一体化が進むことになるだろう。その結果、条例がない県は法令化圧力が強まるだろうし、規制はより厳しい県に合わせることになると想定される。また、保護者への責任を新たに課すことで、有害図書やネットに接続した親に、法的責任をとらせる枠組みができあがることにある。

 そして事業者については、「露骨な性描写や残虐シーンを売り物にする雑誌、ビデオ、コミック誌等を始めとする性産業の氾濫、テレビの有害番組等」を問題視し、法制定を求める請願が参議院に提出されている(第196回国会請願の要旨・548)。事業者規制は、隠された主要目的ともいえるわけだ。今年に入ってからイオン傘下のスーパー、コンビニ、書店、インターネットサイトから成人向け雑誌が消えた。

 こうした表現物の流通制限は、事実上、当該表現物の市場からの排斥に繋(つな)がり、禁止と同様の効果をもたらす。これは、「違法」ではない「有害」レベルの表現が、違法表現物と同様の厳しい規制を受けるということであって、過剰な表現規制ということになる。「子どものため」に惑わされることなく、過剰な規制に陥らないことが肝要だ。

 (山田健太 専修大学教授・言論法)