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<メディア時評・官邸による質問制限>異論封じ込め狙う 事実ねじ曲げ報道威圧

 新聞社の労働組合の集まりである新聞労連(日本新聞労働組合連合)が5日、「首相官邸の質問制限に抗議する」との声明を発表した。ここで明らかになった官邸からの働きかけに関しては、いくつかの看過できない重大な問題がある(雑誌『選択』2月号が初報とされている)。

 事の発端は、内閣官房総理大臣官邸報道室長・上村秀紀名で、内閣記者会あてに出されたA4・1枚強の文書だ。なお、東京新聞の望月衣塑子記者の質問に対し、具体的に反論する添付資料が1枚ついている。平成30年12月28日の日付があり、タイトルはない。文書は、「12月26日午前の官房長官記者会見における東京新聞の特定の記者による質問について、添付資料にお示しするとおりの事実誤認等がありました」で始まり、続けて「東京新聞側に対し、これまでも累次にわたり、事実に基づかない質問は厳に慎しんでいただくようお願いしてきました。…にもかかわらず、再び事実に反する質問が行われたことは極めて遺憾です」と、一方的に質問に問題があるとする。

 さらに、「(国内外で閲覧可能な会見の)場で、正確でない質問に起因するやりとりが行われる場合、内外の幅広い層の視聴者に誤った事実認識を拡散させることになりかね(ない)」としている。そして最後に、「度重なる問題行為については…内閣広報室として深刻なものと捉えており、貴記者会に対し、このような問題意識の共有をお願い申し上げるとともに、問題提起させていただく」といった内容となっている。

沖縄への強硬姿勢

 この時期はまさに、沖縄県側の様々な申し入れや確認を政府がほぼ黙殺しつつ、土砂の投入を強行していた時期で、また辺野古新基地建設をめぐる県民投票が政治日程に上がっていたタイミングだ(この状況は現在も継続中ではある)。政府がそれゆえに、「雑音」を封じ込めたいと思うことは想像に難くない。政府にとっての雑音とは、工事に問題がある、ましてや違法性があるかのような言動は、工事を強行する政府の姿勢に批判が集まる可能性があるほか、県民投票の投票行動に影響を及ぼしかねず好ましくない、ということにほかならない。

 こうした「異論」を封じるような姿勢は、現政権のメディア戦略の大きな特徴であり、とりわけ原発、安全保障、そして沖縄の米軍基地問題という現政権の重要な課題について、議論することさえを否定するに等しい強硬な言動を続けている。それが、政府方針に反対していることをもって沖縄地元紙を偏向していると決めつけたり、党内での「潰(つぶ)してしまえ」発言に結びついている。

 また、本紙が2014年2月に報じた石垣市への陸上自衛隊配備に関する報道については、のちに事実であることが判明した事案にもかかわらず、事実誤認として防衛省が抗議・撤回を迫ったこともある。公開の記者会見において反論するのではなく、質問や議論を封鎖し、結果として事実を隠蔽(いんぺい)する姿勢は、米国大統領が公開の記者会見やSNSで、フェイクニュースと報道機関を断罪する行為よりも、一段と悪質である。

知る権利の侵害

 そのうえで、政府から記者クラブへの申し入れは、二つの点で大きな問題がある。一つは、特定の記者の質問を封じ込めるかの強圧的対応は、事実上の取材妨害であって、これは国民の知る権利を阻害する行為である。都合の悪い情報を隠したり、否定したりするのは為政者の習性ではあるが、昨今の公文書や統計情報の破棄・改竄(かいざん)・隠蔽にも通じる、事実を捻(ね)じ曲げ自己の正当性を押し付ける政府による情報コントロールの手法は許されない。

 そもそも記者会見では、記者がその時々の取材で得た情報に基づき質問をするものであって、場合によっては真偽が判明しない事柄を確認する意味合いも多分に含まれる。いわば真実追求に向けての取材の一過程であって、正確性に欠ける質問は認められないという政府の態度は、事実上、質問の幅を大きく狭めるもので、取材の意義を損なう行為である。ましてや今回の場合、「誤り」としている政府の主張自体に争いがあることから、むしろ政府側に積極的な説明責任の義務がある事柄といえよう。

 そしてもう一つは、当該記者あるいは社ではなく、記者の集合体である記者クラブ(内閣記者会)に対し申し入れをすることで、報道界全体を威圧するとともに、間接的には政権への忠誠を尽くすよう求めた点だ。これは先に挙げた、自衛隊配備をめぐる琉球新報の報道に対し、日本新聞協会に対し申し入れをしたのと同じ構図である。こうした場合、報道界側は一致して跳ね返す必要があるが、今回は公表されることなく、1カ月以上が経過していた。冒頭の新聞労連声明などがなかったら、そのまま埋もれ既成事実化することになっていたということだ。

報道側にも課題

 当初はより直接的な特定記者外しの動きがあり、記者クラブ側がそれを拒否したため、記者室内に紙を張り出す形での申し入れを行ったと伝えられている。また、記者クラブとして「質問は制限することはできない」とも伝えているという。

 実際、申し入れを受けた記者クラブ内に、望月記者の取材手法を疎ましく思う人(勢力)があるのかもしれない。官房長官に対する厳しい質問を、殊更に取材先との対立を産むものとして好かない記者もいるのだろう。

 トランプ政権下のホワイトハウス記者会見におけるCNNジム・アコスタ記者や、東日本大震災後の福島第1原発事故に際しての日隅一雄弁護士のやり取りを、記者会見をパフォーマンスの場にしているとか、喧嘩(けんか)ごしのやり取りは記者会見にふさわしくないとの意見があったのと似た印象を受ける。

 しかし重要なのは、それとこれとは別という点である。先のCNN記者の場合も、排除の動きに対しては、通例、トランプ政権に親和的なFOXも含め、一致して報道機関が対抗措置をとった。それが最低限の報道機関としての矜持(きょうじ)というものだし、知る権利の代行者として記者会見の場に出ているものとしての社会的責務だからだ。こうしたことから、プレス(報道機関)への信頼性は高まることもあるし、簡単に失われもすることを改めて認識して欲しい。

(山田健太、専修大学教授・言論法)