教育

夢中になれるもの 探そう 山中伸弥さん講演

科学立県 世界へ 羽ばたけ!未来の科学者
~沖縄からノーベル賞を~


 琉球新報社が沖縄科学技術大学院大学(OIST)と共同で取り組む次世代育成事業「科学立県 世界へ 羽ばたけ!未来の科学者~沖縄からノーベル賞を」で3月25日、京都大学iPS細胞研究所所長でノーベル生理学・医学賞を受けた山中伸弥さんが那覇市の琉球新報ホールで講演した。会場では中高生、大学生約600人が聴講した。琉球新報社1階のマルチスクリーンでも引率教諭ら約70人が視聴した。詳しい内容を紹介する。


◇生徒・学生の年齢・学年は講演日当時



治せない病気 治したい



 この20~30年、僕が夢中になっているのは医学、中でも研究だ。小さな町工場を営んでいた僕の父は、仕事中にけがをし、輸血が原因で肝炎になった。当時は原因が分からず治療法もなかった。医学に興味を持って整形外科医になったが翌年、父は58歳で亡くなった。何もできなかった無力感にさいなまれ、今は治せない病気を将来は治せるようにと、医学研究を一から学び始めた。

 1993年から3年間はアメリカで過ごした。多くを学んだが、一番は生きていく上でのモットー「VW(ビジョン&ハードワーク)」。恩師であるグラッドストーン研究所のロバート・マーレー所長に「君のビジョンは」と問われ、父のように治せない患者を治したいと思って研究者になったことを思い出した。簡単なビジョンだが、今も時々忘れるし、仕事に追われると分からなくなる。「患者に貢献するために」と思い出すことで、進むべき方向が見えることも多い。いまだに「VW」の言葉に助けられている。

夢みた万能細胞「iPS細胞」完成

 99年、37歳の時、奈良県の先端科学技術大学院大学に雇ってもらった。世界的な教授陣の中で、無名の助教授だった僕は魅力的なビジョンを一生懸命考えた。

 当時話題だったのはES細胞。あらゆる細胞になる万能細胞と期待されたが、受精卵からしか作れず、倫理的な問題があった。

 受精卵はコンピューターの新しいディスクと同じ。何も書かれていない新品に情報を加えていろんな細胞になる。ディスクを初期化するように細胞をリセットしたら、ES細胞のような万能細胞が作れるのではないか。単純だが夢のようなビジョンを掲げた。一生かかってもできない可能性もあったが、優秀な大学院生や技術員が頑張ってくれ、体細胞から作った万能細胞「iPS細胞」を2006年にマウスで、07年には人間で開発したと報告した。


いろいろな病気で再生医療へ道


 iPS細胞はほぼ無限に増やすことができ、体のあらゆる細胞に変化することができる。わずかな細胞を何十億にも増やして神経、心筋とあらゆる細胞に変えられる。開発当初は皮膚の細胞から作ったが、採取が簡単な血液細胞から作れるようになった。

 iPS細胞の医療応用の一つは再生医療だ。失明もする加齢黄斑変性では2014年、iPS細胞から作った網膜の細胞を世界で初めて移植し成功した。

 ただ本人の細胞から作るのは時間もお金もかかり、多くの人には使えない。そこで「ストック」という方法を考えた。オーダーメードではなく、いくつかの種類のiPS細胞を準備しておき、患者に合わせて選ぶ方法だ。

 細胞には1人ずつ異なる免疫の型(HLA型)がある。違う型は拒絶されて移植できないが、型は数万種類もあり、すべてをそろえることは難しい。

 HLA型は、父母からそれぞれ受け継いだ型の組み合わせで複雑な型ができる。ところが、両親から同じ型を引き継ぐ人が数百人~数千人に1人くらいいる。HLAホモドナーと呼ばれるこの人たち由来の細胞なら、父母のいずれかからこの型を引き継いだ人に移植でき、1人のドナーからたくさんの人に移植できる。

 輸血事業を行う日本赤十字社などの協力でHLAホモドナーを見つけて2015年にストックの提供を開始、17年度には加齢黄斑変性の患者5人にiPS細胞ストックから作った網膜の細胞を移植する臨床研究が始まった。ストックがあったからこそだ。パーキンソン病、心不全、がんなどいろんな病気で再生医療に向けた研究が進んでいる。

難病の人たちに早く成果届けたい

 またiPS細胞を使って薬を開発できる。患者の細胞からiPS細胞を作り、病気になっている組織と同じ細胞を大量に作れば、病気の原因を探り、治療薬を開発できる。

 10年ほど前、筋肉などの中に骨ができる希少難病、進行性骨化性線維異形成症(FOP)の患者の少年に出会った。頬の筋肉にも骨ができて口が開けられず、食べ盛りなのに食べられず、どんどんやせていった。この少年に「一日も早く薬を作って」と言われた。

 「自分には間に合わなくても次の患者のために」という非常に重いメッセージだ。研究者たちが少年の細胞からiPS細胞を作り、原因を探った。進行を止める可能性がある薬が見つかり、効果を確認する試験が進行中だ。希望を持って見守っている。

 京都大学iPS細胞研究所では約600人が今この瞬間も共通のビジョンを持って研究開発している。一日も早くたくさんの難病の方に成果を届けられるよう頑張る。これからも温かく見守ってほしい。



山中 伸弥

 やまなか・しんや 1962年生まれ、大阪府出身。神戸大医学部、大阪市立大学大学院医学研究科を修了して93年から米国グラッドストーン研究所博士研究員。99年、奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センターに就任。京都大・再生医科学研究所で2006年、マウスの皮膚の細胞から「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」作製に成功したと発表。07年、ヒトiPS細胞の開発を報告した。10年から京都大iPS細胞研究所所長。12年、ノーベル生理学・医学賞を共同受賞した。




参加者質疑応答


失敗は大人になった時の宝



 知念凜さん=開邦高1年、新里いろはさん=昭薬付中3年 「やりたい仕事やビジョンを見つけるために何をすればいいですか」

 山中さん 「僕のビジョンが見つかったのは30歳になってから。中学高校時代は、いろんなことに取り組んで夢中になれるものを探す時期。焦らず挑戦しているうちに見つかると思う」

 外間円佳さん、上地泰慧さん=沖高専2年 「再生医療で今後どのような技術が必要になりますか」

 山中さん 「今の医学は膨大なデータを扱う。ITや数学など生物以外の知識が求められており、複数分野に興味や知識のある人が伸びる。今後も今は思いもよらないものを使うことになるだろう。できるだけいろんなものに接して」

 宮城百々楓さん=球陽高2年 「正解があるかも分からないものに取り組むのは怖くありませんか」

 山中さん 「それを楽しめるのが研究者。僕たちは自分の体も宇宙の成り立ちもまだ少ししか理解していない。研究者はその残りを仕事として追い求められる、とてもいい仕事だ」

 山中さんから会場へメッセージ 「皆さんの失敗はすればするほど大人になったときの宝になる。10~20代の特権と思って、怖がらずにいろんなことに挑戦し、たくさん失敗をして、夢中になれることを見つけてください」


山中伸弥氏の講演を聞き、拍手を送る生徒たち=3月25日、那覇市泉崎の琉球新報ホール


― iPS細胞とは ―



iPS細胞(京都大学iPS細胞研究所提供)

 皮膚などの体細胞に少数の因子を導入し、培養することによって、さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力と、ほぼ無限に増殖する能力を持つ多能性幹細胞に変化します。この細胞を「人工多能性幹細胞」と呼び、英語表記である「induced pluripotent stem cell」の頭文字をとって「iPS細胞」と呼ばれています。名付け親は、世界で初めてiPS細胞の作製に成功した京都大学の山中伸弥教授です。

 体細胞が多能性幹細胞に変わることを、専門用語で初期化(リプログラミング)と言います。山中教授のグループが見いだしたわずかな因子で細胞を初期化させる技術は、再現性が高く、また比較的容易であり、幹細胞研究における飛躍的な進歩といえます。

※参照・京都大学iPS細胞研究所(CiRA)ホームページ



参加者からの質問
(後日書面で回答)


Q.iPS細胞は、植物や人間以外の生物にも活用できますか。

A.絶滅危惧の動物 救うための研究も

 植物の細胞は環境次第で体の全細胞になれるというすごい能力を持ち、新たに体を作ることができます。挿し木をすると植物を増やせるのはそのためです。しかし、多くの動物の場合、体の全てを作れる細胞は受精卵だけです。iPS細胞は受精卵に近い細胞ですが、iPS細胞からそのまま体ができてくるということはありません。

 私たちが初めてiPS細胞を開発したときは、マウスの皮膚の細胞から作りました。今では他にもいくつかの動物でiPS細胞が作られており、iPS細胞技術で絶滅危惧種の動物を絶滅から救おうとする研究もあります。




Q.iPS胞を使って不老不死を実現するのは可能ですか?

A.「健康寿命」を延ばすことが目標

 iPS細胞から新しく、若い体の細胞を作ることができますが、その後細胞は老いていきますし、また、体は非常に多くの細胞からなる臓器が集まってできていますので、不老不死は現実的ではないように思います。

 私たちは、不老不死を実現したり寿命を延ばしたりするよりも「健康寿命」を延ばすことを目標としています。今の日本では、平均寿命と健康寿命の差が約10年もあります。iPS細胞技術により新たな治療法を開発し、多くの人が生き生きと、満足のいく生活を送り、天寿を全うできるよう貢献できたらと思っています。




Q.実験をする時に何を心掛けていますか?

A.同じ結果を何度も再現する

 実験のときに大事なのは、対照群を設定することです。例えば物質Aの働きを調べるための実験を行うとき、物質Aの有無以外の条件は同じにします。このときの物質Aがない方のグループを対照群といいます。

 対照群を設定すると、結果の違いが物質Aによるものなのかを厳密に調べることができます。また、1回実験に成功したら終わり、ではなくて同じ結果を何度も再現できることも大事です。私たちのグループがiPS細胞を初めて作ったときも、何度も同じ実験を繰り返して、iPS細胞が毎回きちんとできることを確かめました。



OISTでネット中継も



 講演会の様子はインターネット回線を通じて恩納村の沖縄科学技術大学院大学(OIST)まで中継された。講演は日本語で行われたため、山中伸弥さんが話した舞台の脇で通訳が英語に同時通訳した。OISTのセミナールームに集まった学生や職員、研究者ら約30人は、映像を見ながら英語に通訳された講演に熱心に聴き入った。



最新科学や自然展示も



沖縄美ら島財団の職員からウミガメの生態について説明を受ける来場者ら=3月25日、那覇市泉崎の琉球新報社2階ギャラリー

 ノーベル生理学・医学賞受賞を受けた山中伸弥さんの講演会(主催・沖縄科学技術大学院大学、琉球新報社)の開催に合わせ、沖縄科学技術大学院大学(0IST)と沖縄美ら島財団、沖縄銀行、NTTドコモは、那覇市泉崎の琉球新報社2階ギャラリーで各団体ごとに活動内容などを紹介する展示会を開いた。来場した高校生らが最新の科学技術やウミガメの甲羅などに触れ、興味津々だった。

 OISTは、最新の技術を駆使してサンゴ礁のデータを集め、調査した成果をサンゴ礁の保全に役立てていくプロジェクトなどを映像やパネルを活用し紹介した。

 金融や経済の知識を問う全国高校生金融経済クイズ選手権(エコノミクス甲子園)で出題された問題を出題したのは沖縄銀行。正答者にはスプーンを贈呈した。

 ドコモは、コンピューターを通じて外部と身体感覚を共有する技術を観光や医療、学習などへ活用していく「ボディシェアリング技術」の体験コーナーを設けた。

 沖縄美ら島財団はウミガメの甲羅の実物を展示し、パネルで生態について解説した。アオウミガメの甲羅を持ち、説明を聞いた南風原高校1年の根間小粋(こいき)さん(16)は「甲羅と背骨がくっついていると初めて知り、びっくりした」と笑顔を見せた。



〈協賛企業〉沖縄銀行、NTTドコモ、沖縄美ら島財団、サンエー

 









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