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<メディア時評・知る自由を狭める>都合悪い情報「闇」に 民主主義の根幹危機

 参議院選挙の前も後も一貫して変わらないのは、何でも「なかったこと」にしようとする政府を中心とする動きだ。これは言うまでもなく、民主主義社会の根幹である、議論の前提を失わせるものであって、社会の存続にとって大きな危機だ。具体的事例を追いながら見ていこう。


事実隠し


 一部の新聞では大きな扱いとなったが、東京地裁で係争中の法廷で「事件」は起こった。国家賠償訴訟で「認諾」という珍しい対応を示したからだ。少しややこしい話だが経緯を追ってみよう。

 裁判は、日米合同委員会の議事録の公開を求めるいわゆる情報公開訴訟である。同委員会は日米地位協定により設置されたもので、合意の一部は公表用資料として明らかになる場合もあるものの、議事録は一貫して非公開、会議の中身は闇の中のまま、米軍本位の基地運用がなされている「悪の根源」の一つでもある。

 これに対し情報公開クリアリングハウス(三木由希子理事長)が原告となり、1960年の第1回委員会議事録の不開示と、行政協定時代の52年の議事録の不存在に対し、決定を取り消して開示するよう求める情報公開訴訟が起こされた。この二つの文書はいずれも、協議内容は日米双方の合意なしに公表されない旨が記載されているとされ、まずは委員会の闇のスタートである「見せない決定」を見せろと迫ったものである。

 この訴訟の過程で、沖縄県がかかわる裁判が大きな意味を持つことになる。北部演習場の中を通る県道70号線の共同使用に関する日米合同委員会文書を巡る事件で、沖縄県が開示決定したことに対し国が県の公開決定の取り消しを求めて裁判を起こした。その際、不開示とすべき証拠として60年議事録の一部を裁判所に提出をしていたことが分かったからだ。まさに、議事録の公開を求め、国が不開示を決定していた文書が、別の裁判で国自らが開示していたという事態が生まれたわけである。

 そこで前述の情報公開訴訟は、すでに防衛省が公開していた文書を外務省が不開示決定したことに対し、国に賠償を求めるという形に変更し、さらに日米間で不開示を決めた経緯を明らかにするように求めた。これに対し国は、電話とメールでやり取りをしていたことを明らかにしたことから、原告はメールの提出を求めることとなった。いわば当然の成り行きである。


不戦敗を選択


 これに対し国は頑なにメールの提出を拒んだことから、民事訴訟法に基づく文書提出命令の申し立てが行われた。これは、「当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき」は、「文書の所持者は、その提出を拒むことができない」という規定に則したものだ。追い詰められた国は主張を撤回し、やり取りは電話だけで「メールはなかったこと」にしてきた。一度、法廷で明確にメールでのやり取りを説明したにもかかわらず、それをなかったことにできると考えること自体が驚きであるが、これまでの政府の行状を考えると、この間、加計・森友事件や自衛隊日報問題で、公文書を隠蔽・改竄・廃棄してきたわけで、むしろ驚くに値しないのかもしれない。

 これに対して裁判所は、国からメールの提示を受けて実際の中身で判断するインカメラ審理を実施することとし、国に提出命令を行った。それでも国はその提出を拒み続け、2019年6月27日の法廷で突然、冒頭に述べたように「国賠請求の認諾」を宣言し、不戦敗を選択したわけだ。まさに、この一連のやり取りを「なかったこと」にする最終手段に出たということだ。



選挙絡みでも続発


 先の参議院選挙期間中には、街頭演説のさなかに、ヤジをした群衆を拘束する「事件」が起きた。札幌市で7月15日に行われた安倍晋三自民党総裁(首相)の選挙カー上からの演説中、ヤジを飛ばした市民複数を北海道警の警察が身体拘束し、演説会場から排除した。まさに、沖縄の辺野古で日常的に行われている、抗議活動を行う市民の現場からの排除行為とそっくりであるが、県警はトラブル防止と公職選挙法上の演説妨害にあたり、対応は適切であったと反論していると伝えられている。

 選挙の自由妨害の一つとして規定されているものであるが、最高裁は要旨「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としており、肉声のヤジがこれに該当するかについては、否定的な見解が多数だ。それどころか、警察の政治的中立を疑われても仕方ないとの指摘がされているが、これまた沖縄の海上保安庁の振る舞いにそのまま当てはまることでもある。そして今回の事例から明らかなのは、こうした反対の声を「なかったこと」にしようとする強い意志が働いているということだ。

 そして選挙後には沖縄県で、異例の会見が開かれる「事件」も起きた。本紙でも7月25日付記事で報じられたように、23日付の沖縄タイムスの参議院選挙の自民党県連内の動きを検証した記事に対し、公の場での会見を開き、名指しして批判するとともに、訂正を求めたからだ。

 ここ数年の顕著な状況として、政権党から個別の番組や記事内容に関し抗議がなされ、その結果、将来の取材や報道に対する圧力につながりかねない状況が生じている。公党に対する取材・報道は最大限の取材・報道の自由が保障されるべき領域であって、批判は甘んじて受けるのが基本的態度であるべきだ。

 また、今回の事案でいえば、事実関係で個別に抗議することはあっても、わざわざ会見を開く意味合いは、単に事実関係を改めたいということ以上の当該紙に対するいやがらせと、他の報道機関に対する圧力と捉えられても致し方ない状況がある。とりわけ今回の取材源の開示を求めるかのごとき抗議の仕方は、事実上、批判報道をするなと言っているに等しく万が一、公の発言しか報じられないとなれば、読者・視聴者の知る自由を大きく狭めることになるだろう。これまた、県連内の不都合な内容を「なかったこと」にしようとしていると思わざるをえない対応である。

 県民投票しかり、さらには辺野古の抗議行動しかり、政府は自らの都合の悪い事実を、ことごとく「なかったこと」にしようと強面の対応をし続けてはいないか。こうした対応は、沖縄集団自決の軍関与をめぐる教科書記述の問題などで、決して認められるものではないことを政府も学習しているはずだ。それにもかかわらず、その体質が改まるどころかより開き直りを感じられる状況になっていることを深く憂う。

 さらに言えば、8月に入って起きた「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展・その後」展示の中止もまた、「なかったこと」にすることで議論の機会を奪ってしまったという意味で、延長線上にある「事件」だ。

(山田健太、専修大学教授・言論法)