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テルアビブ出張 イスラエル人が抱く恐れ<佐藤優のウチナー評論>


テルアビブ出張 イスラエル人が抱く恐れ<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 4~6日、イスラエルのテルアビブに出張した。2泊4日(機中1泊)の短期間だったが、現地の緊迫した雰囲気を肌で感じることができたのが成果だった。6日に25年来の友人(モサド=イスラエル諜報(ちょうほう)特務庁=の元幹部)から聞いた話をまとめると次のようになる。

 〈1…(1)10月7日にハマスによって連れ去られた人質の解放が至上課題であるにも拘(かか)わらず、ネタニヤフ首相はその課題に応えることができていない。

 (2)国民の95%はいかなる対価を支払ってでも、人質を解放することを望んでいる。(当方より、具体的にどのような対価が考えられるかと質(ただ)したところ、)現在、イスラエルで拘束もしくは収監されているハマスのテロリストを数百人でも数千人でも、ハマスが望むだけ釈放すればいい。それを見返りにして、人質全員を奪還することはできるはずだ。復讐(ふくしゅう)はその後、時間をかけて行えばいい。

 (3)(ハマスを無力化するというイスラエルの方針に変化はないのかと質したところ、)変化はない。母親の前で赤ん坊を惨殺する、夫や子どもの前で、妻や母親をレイプし殺害する、殺害した死体を切り刻むなどのハマスの蛮行をわれわれは、絶対に赦(ゆる)さない。徹底的に復讐する。ただし、それは軍事的手段のみでなく、政治、経済、インテリジェンスなどあらゆる方策を用いて総合的に行う〉

 〈2…ヨーロッパで再び反ユダヤ主義が台頭している。今回の反ユダヤ主義は「人権」を口実にしたリベラル派、左派から生じている。この人々は、ハマスがユダヤ人に何を行ったかという具体的事実を見ずに、「人権」というイデオロギーによって反ユダヤ主義を煽(あお)り立てている〉

 〈3…(1)ネタニヤフは、1996年に首相に就任したときとは、全く別の人物になってしまった。権力の座に長くいるうちに、腐敗し、猜疑(さいぎ)心の塊になった。ネタニヤフ一家は国家を自らの私有物と考えているとしか思えない。極右派の閣僚2人が辞任すればネタニヤフ政権は崩壊する。その場合、ネタニヤフは裁判で有罪が確定し、収監されるであろうし、妻と息子の疑惑も刑事事件化される可能性がある。ネタニヤフとしては自分と家族が生き残るためにも、極右派に配慮する必要が生じている。故にハマス無力化作戦を合理的に遂行できなくなっている。

 (2)ネタニヤフは、モサド(諜報特務庁)、シンベト(保安庁)、アマン(軍諜報局)などのインテリジェンス機関を信用していない。インテリジェンス機関もネタニヤフを尊敬していない。残念ながら、イスラエルではインテリジェンス・サイクルが機能しなくなってしまった〉

 友人が車で筆者をホテルまで送ってくれた。その際に筆者は「パレスチナ人との今後の関係についてどう考えるか」と質した。「わからない。10月7日からパレスチナ人が遠くなってしまった。ハマスから人質を取り返すことで頭がいっぱいで、それ以外のことは考えられないというのが、今のイスラエル人の実情だ。この人質の生命を守ることができないと、イスラエル国家とユダヤ人が消滅するのではないかという形而上的恐れを僕たちは抱いている」と友人は答えた。

(作家、元外務省主任分析官)