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知事のユニークな闘い 草の根へのアプローチ<佐藤優のウチナー評論>


知事のユニークな闘い 草の根へのアプローチ<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 「朝日新聞」は、7月29日に「日米2+2 一体化 主体性保てるか」と題する社説を掲載した。この中には沖縄に関する言及もある。〈(2プラス2の)共同発表は、沖縄を中心に頻発する米軍関係者の性暴力事件に直接言及はしていないが、再発防止に向けた在日米軍の取り組みを「前向きに評価」した。実効性のある対策がとられ、犯罪がなくなるという結果を伴わねば、不信が増すだけだと心すべきだ〉。心がこもっていない白々しい文章だ。沖縄の日本に対する不信感は既に閾値(いきち)を超えているので、「不信感が増」しても、沖縄と日本の関係に大きな変化はない。

 興味深いのは、今、このタイミングで沖縄がどういう方法で、在沖米軍専用施設の過重負担問題を日本人に訴えているかだ。玉城デニー知事は、日本の草の根に訴えるというアプローチをとっている。〈玉城デニー知事は(7月)28日、新潟県で開かれた音楽イベント「フジロックフェスティバル」で、トークライブ「アトミック・カフェ」に出演した。/米軍が関わる事件事故が多発する沖縄の現状を訴え「(被害者を)自分の家族や友人などに当てはめて考えることで、国民として何ができるか、自然と思い浮かぶと思う」と強調。「考えることを止めてはいけない」と、沖縄の問題を県外の人たちが「自分事」として捉える必要性を訴えた。/玉城知事のフジロック出演は2019年以来、5年ぶり。司会でジャーナリストの津田大介さんは、5年間の変化について質問した。玉城知事は、県民が反対する名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立てを認めないとした自身の判断に触れ「県知事の判断を(国側が)押さえつけた」と指摘した。その上で、国が代執行により大浦湾側の工事に着手し、それを司法が認めた点を挙げた〉(7月29日、琉球新報朝刊)。

 2019年のフェスティバルで玉城氏は楽器を演奏したが、今回は差し控えた。〈松川正則宜野湾市長の急逝を受け、取りやめた〉(同上)ということだ。政治的立場に違いがあっても、「祖国」沖縄のために一生懸命働いた松川正則氏に対する玉城氏の敬意がよく表れている。ウチナーンチュ(沖縄人)同士は本来、争う必要などないのだが、ヤマト(日本)の介入によって、いがみ合うような状況が生じている。これを克服するのが人間性と「祖国」沖縄への愛だ。

 ちなみに、玉城知事は公務として「フジロックフェスティバル」に参加した。6月16日に行われた沖縄県議会定例会で、こんな事実が明らかになっている。〈知事が7月末、日本最大級の野外音楽イベント「フジロックフェスティバル」の会場内で開かれるイベント「アトミック・カフェ」に出演するための費用について、溜政仁知事公室長は、随行者を含め4人の旅費の概算で50万円と答えた。花城大輔氏への答弁〉(7月17日、琉球新報電子版)。

 日本の政治エリート(閣僚、国会議員、高級官僚)に呼び掛けても効果がないが、「フジロックフェスティバル」に参加している人たちの心に訴えれば、何らかの手応えがあるだろうという玉城氏の必死な思いが伝わってくる。残念ながら、日本のほとんどのメディアは、玉城氏のフジロックフェスティバル参加について「ニュース性がない」と判断し、報道しない。

 (作家、元外務省主任分析官)