prime

モスクワの市民生活 新しい「資本主義」が現出<佐藤優のウチナー評論>


モスクワの市民生活 新しい「資本主義」が現出<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 前回のこのコラムでも紹介したが、筆者は13~18日にロシアの首都モスクワを訪問した。今回は政治問題を離れて、市民生活について記す。ひとことで言うと、モスクワの市民生活の水準は飛躍的に高まった。東京よりも水準が高い。

 まず、モスクワ市内で広告を見ない。他の資本主義国の首都ではありえない現象だ。ソ連時代も広告はなかったが、「ソ連共産党に栄光あれ!」「全世界に平和を」「戦争放火者をつまみだせ!」「共産主義とは、ソヴィエト権力プラス全国土の電化だ!」というようなスローガンが掲載されていた。そのようなスローガンもなかった。政府の広報で「520万ルーブル(約800万円)」と書かれたポスターを2、3見かけただけだ。これは、「特別軍事作戦(ウクライナ戦争)」に志願すれば、年額で800万円の給与が支払われるということだ。モスクワのサラリーパーソンの年収は100万~150万ルーブルなので、経済的には魅力がある。モスクワ郊外では、1500万円で110平方メートルのマンションを購入することができる。郡部ならば、200平方メートルの一戸建ての家と新車を購入することができる。小規模なビジネスの開業資金にすることもできる。金銭的動機から、志願兵となる若者が郡部で少なからずいるとのことだった。

 広告のなくなった理由は二つある。第1は、街の景観を維持するためだ。第2は、広告によって人々に刺激を与え、人為的に需要を作り出すという経済から決別するためだ。

 ウクライナ戦争が始まった後、西側諸国の経済制裁、ロシアによる西側の食料品輸入規制によって、食料品はほぼ国産になった。その水準は高く、種類も豊富で、安価だ。スーパーマーケットでの価格は日本の2分の1から3分の1だ。加工食品に対しては添加物に対する規制がとても厳しい。偶然会った複数の市民と話したが、「これまでは外国製品で私たちは薬漬けにされていた。西側諸国による制裁のおかげで、健康にいいロシア食品を食べることができるようになった。良かった」と言っていた。市内には「国産品のみを扱います」ということを売りにするスーパーがあり、とてもはやっていた。

 メルセデス、BMWなどの高級外車の販売店もあり、新車を購入することができる。中東諸国から輸入しているとのことだった。モスクワ市の中心部にあるサーカスのそばに、ロシアに制裁をかけた国の商品だけを販売している店がある。好奇心からのぞいてみたら、コカコーラ、ペプシコーラ、チョコレートバーのMARSなどから、日本製のポッキー、ミルキー、グミ、和菓子、キティちゃん人形、招き猫などが販売されていた。値段も1・5倍程度で、サーカスに行く子どもたちでにぎわっていた。

 レストランやカフェもいたるところにあり、深夜2時、3時になっても家族連れ、友人同士で食事と歓談を楽しんでいる。筆者がモスクワにいた頃は、モスクワには出会い系バーやストリップ劇場があったが、それらは全くなくなった。ポルノ雑誌もない。ロシアの経済体制は、資本主義であるが、西側とは異なる「新しい資本主義」が確立している。

 プーチン大統領は、ウクライナへの侵攻後「官僚は戦時体制で仕事をするが、国民には平時の生活を保障せよ」という命令を発したとのことだ。そのせいか、モスクワでは戦時下であるという感じが全くしない。経済がよいので、モスクワ市民の大多数がプーチン政権を支持している。

(作家、元外務省主任分析官)