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<メディア時評・安倍政権と報道の自由>言論の多様性 劣後に 規制と介入推進した前歴


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 昨年末総選挙による自民党復権を受け、安倍新内閣がスタートした。自民党は歴代、明確な文化メディア政策を打ち出してきていないが、少なくとも安倍晋三首相と菅義偉官房長官の内閣の要(かなめ)がどのような報道の自由観を持っているかを知っておくことは大切だ。そのためには、第1次安倍内閣の1年間(2006年9月26日~2007年9月26日)を振り返ることが有効だろう。

■メディア規制
 何よりも、憲法改正を具体的に政治日程に乗せた内閣であったことは言うまでもない。第1次内閣で憲法改正手続法を成立させ、第2次内閣の始動に当たって憲法改正を明言する状況にある。自民党が謳(うた)う新憲法の全体像は本欄12年5月で触れたが、表現の自由は「公益及び公の秩序」に反しない場合に限り保障されることになる。同党『憲法改正草案Q&A』によると、「他人に迷惑をかけないのは当然」であって「平穏な社会生活」を乱す「人権(の)主張」は取り締まりの対象になるとされる。これを新聞やテレビに置き換えると、例えば事件報道で何がしかの名誉やプライバシーを侵害することは避けられないが、政治家の行状を報じることが憲法違反として訴えられる可能性を示唆するものである。
 さらにはこの憲法改正手続法において、報道規制条項が盛り込まれたことも忘れてはなるまい。放送局は憲法改正に関し投票運動期間中、番組内容について政治的公平や事実報道を順守することが求められるとともに、憲法改正に関する広告が原則禁止される(一方で政党には無料広告が認められる)。国会議員で構成される広報協議会の指示に従って、テレビやラジオは広報を行うことも求められる。こうしたメディア規制は、極めて強力なものであるが、その対象をさらに活字やネットにまで拡大すべきという意見も根強い。また草案段階では、予測報道についても全面禁止とする考え方も示されていた。
 そしてもう一つ、この時期に強化されたのがいわゆる有事法制に関する取材・報道規制である。自衛隊法の改正が行われたのも、日米秘密軍事情報保護協定が締結されたのも07年だ。これらによって防衛秘密は大臣の裁量で格段に範囲が拡大することとなり、また罰則適用の範囲も拡大することとなった。これはそのまま、保秘の壁を厚くすることに繋(つな)がっているのであって、民主党政権時代の秘密保全法制の検討もこの時期に始まったものである。

■放送の自由への介入
 前述の改正手続法にも当てはまるが、放送に関わる内容規制を推し進めた内閣でもあった。07年春には放送法の改正案が国会提出され、同年暮れに成立している。
 その一つが、NHKが実施している国際放送に関し、政府がその放送内容について指示をする規定の変更があった。文言としては、命令放送から要請放送に変わったわけだが、その実は総務大臣から要請を受けた場合「これに応じるよう努めるものとする」のであって、拒否をする選択肢は事実上ないとされている。
 問題は、なぜこうした言葉の言い換えがなされたかであるが、その背景には、06年に菅総務大臣が短波ラジオ放送国際放送で「拉致」放送を命令したことがきっかけである。この種の具体的な政府方針に沿った内容指示がなされたのは初めてのケースである。その意味するところは今後、領土問題等で政府主張に沿った「国益」報道が求められる可能性を考えないわけにはいかない。
 さらに同改正案には「再発防止計画の提出の求めに係る制度」の導入が盛り込まれていた。これは、関西テレビの捏造(ねつぞう)(「発掘!あるある大事典」事件)が発生し、政府が個別番組内容への介入を可能とする、行政処分に近い強制力を有する制度であった。結果としては、放送界が自主規制機関であるBPOを強化(番組検証委員会の創設)することにより法制化は免れたものの、厳しい行政規制を指向していたことは間違いない。
 実際、総務省が放送局に対して実施する行政指導は、記録が残る1985年以降、今日まで4半世紀で31件あるが、そのうち8件は安倍内閣時代であって、しかも直前の菅大臣(安倍官房長官)時代を含めると、わずか1年半で全体の3分の1という、他の期間に比して突出した番組介入ぶりである。
 ちなみに、民主党政権時代には行政指導は1件もなく、その点では表現の自由を尊重した政権運営だったといえる。評価は分かれるが、放送独立行政委員会構想やマスメディア集中排除原則の強化方針も、言論の自由の砦(とりで)を守るためとしていた。

■経営効率の優先
 さらに放送との関わりで思い起こされるのは、NHKが2001年に放映したETV特集に関わる番組改編問題だ。05年の朝日新聞報道で当時の安倍官房副長官の関与が指摘され、政治家への忖度(そんたく)が大きな問題になった事例だ。
 そしてもう一つ忘れてならないのは、先にあげた放送法改正は、民主党政権時代に成立した放送法の全面改正の基礎になっているもので、その柱は小泉内閣の竹中平蔵総務大臣時代に構想された、通信・放送融合路線であった。「なぜ日本にタイム・ワーナーがないのか」として、国際競争力を有したメディアコングロマリットの育成(それはとりもなおさず資本の収斂(しゅうれん))を目指すものであった。その竹中も、今回の内閣において産業競争力会議の主要メンバーとして復権、あらためて当時の理想型を目指すことになるだろう。それは、言論の多様性や地域性を劣後に置き、専ら経営効率や競争力を重視した経済戦略にほかならない。
 そのほかにも、菅大臣は「義務化と受信料値下げはセット」と経営方針を具体的に指示するほか、政府方針に沿った経営委員長を送り込み、強力に改革を推し進めようとしてNHKを震撼(しんかん)させたことは記憶に新しい。いずれにせよ、放送界にとってはいわば「悪夢」の一年間であったはずだ。
 新内閣は、報道界に限らず市民社会における表現の自由一般についても、大きな試練を与える可能性があるだけに注意が必要だ。
(山田健太、専修大学教授=言論法)
(第2土曜掲載)