夢を実現した会社員の姿に涙 キリンビールCMでプロレスラーに


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プロレスラーになる夢をかなえた会社員の寺島力さん(左)

 1970~80年代に少年時代を過ごした私が夢中になったテレビ番組といえば、アントニオ猪木が率いた「新日本プロレス」の中継だった。『太陽にほえろ!』といった名作ドラマが放送されていた金曜夜8時の時間帯だったが、それらの番組には目もくれず、ひたすらプロレス中継を見続けていた。

 そのきっかけは、ある試合を見たからだ。試合の会場は確か海外だったと記憶している。若手のホープ、藤波辰巳(当時)が、“黒い呪術師”の異名を取るアブドーラ・ザ・ブッチャーと対戦していた。
 初めて真剣に見た格闘技。その迫力に圧倒されたが、何よりもブッチャーのフォークを使った反則攻撃に驚かされた。審判の目を盗んでフォークを藤波の額に突き刺し、すぐにトランクスに隠す。血に染まる藤波の顔面。狡猾なブッチャーや、わざと反則を見逃しているとしか思えない審判の姿に、不条理がまかり通る“大人の世界”を感じた。
 周囲から「プロレスは真剣勝負ではない」と、何度も聞かされた。だが、それで熱が冷めることはなかった。四角いジャングルには妖しげな雰囲気が漂っていたからだ。大逆転での勝利や敗北、友情、そして裏切り…。
 やがて私のプロレスへの関心は徐々に薄らいでいったが、年明けに放送されたキリンビールのCMを見て、再び血が騒いだ。
 「プロレスラーになりたい」と願う37歳の会社員、寺島力さんの夢をかなえるという企画。同社のインターネットの公式サイトには3分の長編版がアップされている。仕事の合間をぬって懸命にトレーニングを積む寺島さん。同社マーケティング部によると、全日本プロレスで指導を受けながら、1カ月半も練習に励んだという。
 彼が強さを渇望していたのか、私と同様にプロレスという存在そのものに魅せられたのか分からない。ただ、最後の練習を終えて感極まる寺島さんの姿に、私の涙腺もゆるんだ。
 寺島さんが試合で対戦したのは、日本のプロレス界で一時代を築いた長州力だ。ドロップキックなどで応戦したものの、長州の必殺技「リキ・ラリアット」を受けてマットに沈んだ。しかし、戦い終えた寺島さんの表情はさわやか。そこには夢をかなえた者だけが感じられる達成感があったと思う。
 キリンビールによると、「夢をかなえる」キャンペーンは今年の通年企画で、2月28日まで夢を募集している。大人になって、仕事の悪夢にうなされるばかりではもったいない。もう一度、子ども時代の夢を思い出してみませんか? (松木浩明・共同通信文化部記者)
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松木浩明のプロフィル
 まつき・ひろあき 1996年入社。津支局を振り出しに札幌から福岡まで全国各地で勤務。現在は文化部で放送担当。趣味はマラソンで、夢は2時間台で完走すること。ややこしい仕事からの逃げ脚だけは早くならないように肝に銘じる日々。