情感 厳かに、巧みに 長堂奈津子


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 ピアニスト長堂奈津子のリサイタル「ピアノ協奏曲とケーベル歌曲の夕べ」が17日、南城市文化センター・シュガーホールであった。明治期、日本のピアノ界に大きな影響を与えたロシア出身の哲学者ラファエル・フォン・ケーベルの歌曲「9つの歌」を沖縄初演したほか、バッハ、シューマンのピアノ協奏曲をカンマーゾリステン21(指揮・庭野隆之、コンサートマスター・屋比久潤子)と共に演奏した。長堂はケーベル研究に没頭し、2011年に他界した父・島尻政長(ケーベル会初代会長)への追悼の思いを、厳かな演奏に重ね描いた。

 ケーベルはモスクワ音楽院を卒業、チャイコフスキーらに師事。ドイツで哲学を学び、1893年に45歳で来日。東大で哲学などを、東京芸術大でピアノと音楽史を教えた。西洋音楽が急速に広まる中で、最初の本格的ピアニストとして滝廉太郎らを指導。第1次世界大戦の影響で帰国できず、1923年に日本で没した。
 弟子のピアニスト橘糸重に「好シト認メタル場合ニハ公表スベシ」との言葉と共に託していた「9つの歌」が90年、慶応大で全曲初演され、長く日本の音楽史で埋没していたケーベルの音楽家としての姿が明らかにされた。
 長堂は全9曲のうち第2、第6、第9曲を演奏。平山留美子(ソプラノ)が情感豊かに歌った。第6曲「私が死ぬときは」は葬列を象徴するような厳かなリズムで運ぶ。しかし歌詞に「真紅のバラを額に巻いてくれ」とあるように、決して陰鬱(うつ)な空気は漂わせない。
 第9曲「悲しみのあまり右手を伸ばし」はコラール風の作品。平山の歌は、平明な曲想にあって感情の高ぶりを巧みに描く。第2曲「ミニヨン―君よ知るや南の国」は若い娘ミニヨンの望郷の思いを映し出す。ケーベルの世界を丁寧に描く長堂のピアノと、平山の巧みな歌声の調和に、拍手が湧き起こった。
 長堂は3年前に父で哲学者の島尻政長を亡くし、残されたケーベルに関する資料に触れたことを機に、今回の沖縄初演を目指した。この3年間を「ケーベル博士に通ずる道であり、音楽の素晴らしさを再認識する日々だった」と振り返る。終演後も鳴りやまない拍手に応えて再登壇し、シューマン「3つのロマンス」第2曲を演奏して締めくくった。(宮城隆尋)

シューマンのピアノ協奏曲を壮大に演奏するカンマーゾリステン21と長堂奈津子=17日、南城市文化センター・シュガーホール
ケーベル「9つの歌」から3曲を演奏する長堂奈津子(左)と平山留美子