マーラン船を復元 戦後初、きょう進水式


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 【平安座島=うるま】帆で風を受けて走る木造船「マーラン船」がこのほど、戦後初めて復元された。うるま市与那城平安座の「越来造船」の越来治喜さん(60)と長男の勇喜さん(32)ら3人の弟子が約1年かけて完成させた。

31日午前10時から平安座漁港で行われる進水式で、半世紀ぶりにマーラン船が海に浮かぶ。
 平安座島は琉球王国時代から交易の拠点として栄えていた。マーラン船は中国から造船技術が伝わった。平安座自治会の新垣一博さんによると、やんばると与那原間をまきを運んだり、那覇間で生活物資を輸送したり、奄美諸島や喜界島にヤギ、馬、牛などを運んだりするのに使われた。「大正時代が最盛期で100隻以上の船と同数の船頭がいた」と話す。戦後、輸送方法が海上から陸上交通に転換し、1959年を最後にマーラン船も途絶えていた。
 越来治喜さんは越来造船の3代目で、市の無形民俗文化財に指定されている唯一の船大工だ。復元は2012年度から進められている、うるま市の「マーラン等復元活用事業」の一環。13年度の同事業費約3千万円の一括交付金を使った。
 代々継がれている図面を基に、マーラン船の復元を手掛けた。材料のオビスギを調達しに宮崎県へ出向き、全長約12メートルの船の外板は1枚の木材から切り出した。「木造船は材料の継ぎ足しができない。寸法を間違うと部品は作り直しだ」と話す。
 進水式を前に治喜さんは「今回の復元は息子たちと俺の夢だった」と、2年前に他界した次男の治人さん=享年22=を思いながら達成感をにじませた。共に復元に取り組んだ勇喜さんは「とにかく早く海に浮かんでいるところが見たい」と語った。
 市立海の文化資料館の前田一舟学芸委員は「船大工の技術を継承できた。今後は海洋クラブや平安座漁協関係者などの力を借り、操船技術を育てたい」と話した。

マーラン船の復元に取り組んだ越来さん親子=28日、うるま市与那城平安座
復元されたマーラン船