『上野千鶴子の選憲論』 今なぜ改憲のススメなのか


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『上野千鶴子の選憲論』上野千鶴子著 集英社新書・740円+税

 ジェンダー研究で知られた社会学者による、意欲的で率直な改正主張の憲法論である。著者の名を冠したユニークな書名になっているのは、主権者としての自己の憲法への理想を今、発信しておこうという強い思いから出たものと受けとめたい。

 著者は、専門家でない者が憲法を語ることへの躊躇(ちゅうちょ)を謙虚に表明しているが、重要論点を見事にふまえた憲法論になっている。冒頭近くで沖縄をとりあげ、沖縄戦後復帰まで憲法が適用されず、今も9条が及んでいないことを指摘した上で、「琉球共和国」を志向して、80年代初頭に出された憲法試案への共鳴を表明している。その上で、2012年の自民党改憲案に全面的かつ徹底的に批判を加える。地方自治の自民案92条を「けっこうなこと」とする評価などには疑問があるが、全般に筆法は小気味好(よ)く、とりわけジェンダー論の切れ味が鋭い。
 この前半で爽快感を得た読者は、しかし、後半の「選憲」論に驚かされる。「現在ある憲法をもう一度選びなおす」のが選憲で、護憲か改憲かの二者択一に第3の選択肢を加えるものだ、としつつ、「わたしの選憲論」は、「もし憲法を選びなおすならいっそつくりなおしたい」というのである。その中には、9条を、自衛のための武力を保持して国境の外へは出さず、集団的自衛権は認めない、とする規定に変える提案まである。解釈改憲に歯止めをかけるのが目的だとはいえ、まさに選憲の名による明文改憲のススメ以外の何物でもない。著者の認識は、憲法改正の国民投票には悪(あ)しき政治を呼び込む危険が絶えないが、それでも主権者には愚かな選択をする権利がある、という民主主義理解から出ている。
 著者は、日本国憲法の普遍的価値をより良い改正をとおして発展させることを願っており、それゆえに、自民流の改憲案を断固拒否する。それならば、なぜ、安倍政権が憲法破壊の暴走をしている今、選憲の名で改憲を提唱するのか。深く考えさせられる書物である。
 (小林武・沖縄大学客員教授)
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 うえの・ちづこ 1948年、富山県生まれ。東京大学名誉教授。日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア。著書に「スカートの下の劇場」「家父長制と資本制」「ナショナリズムとジェンダー」など多数。

上野千鶴子の選憲論 (集英社新書)
上野 千鶴子
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