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モサドの大敗北 国際社会で働きかけ停戦を<佐藤優のウチナー評論> 


モサドの大敗北 国際社会で働きかけ停戦を<佐藤優のウチナー評論>  佐藤優氏
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 国際政治の構造に大きな影響を与える事件が起きた。パレスチナのガザに拠点を置くイスラム教スンナ派系武装組織ハマスが、7日からイスラエルに対して激しい攻撃を加えている。

 <イスラエル軍は15日までに、イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻に向け、ガザ境界付近で地上部隊の増強を進めた。ガザを包囲し、空爆や砲撃を継続。軍報道官は14日、地上作戦に重点を置き、陸海空の攻撃を連携させると説明した。ガザでは北部住民の南部への避難が難航。水や燃料が不足し、人道危機が深刻化している。双方の死者は計3600人以上になった>(16日、本紙朝刊)。

 ハマスの攻撃を許したのはイスラエルのインテリジェンス機関の大失態だ。モサド(諜報特務局)、シンベト(治安・テロ対策機関)、アマン(軍諜報機関)のいずれもが、ハマスによる大規模攻撃に関する情報を入手することができなかった。また、イスラエル軍は初動で、民兵組織レベルのハマス軍団を制圧することができなかった。イスラエルのインテリジェンス機関も軍もかなり劣化している。

 筆者は10月8日午後5時40分(日本時間、イスラエル時間同日午前11時40分)から35分間、FaceTimeで親友の元モサド幹部と話し合った。元幹部は今後の見通しについてこう述べていた。

 「イスラエル軍がハマスを軍事的に制圧する力を十分持っていることについては疑いの余地がない。従って、この戦争にイスラエルが敗れることはない。ただし、これだけの犠牲を生むような事態を招来したことについては、インテリジェンス機関、軍、政治のそれぞれが責任を負わなくてはならない。1973年の第4次中東戦争よりも事態は深刻だ。最大の問題がネタニヤフ首相と宗教右派にあることについてイスラエルのエリート層の間ではコンセンサスがある。いずれにせよ今回の事態を経てネタニヤフ首相が安泰でいられることはないと思う。現時点で最も注意しなくてはならないのは北部のレバノン国境地帯の動静である。ヒズボラが本格的な軍事攻勢を始めた場合、イスラエル軍は二正面作戦を余儀なくされ、国民の犠牲者が桁違いに増える」

 イスラエルでは現在、刑事訴追されているネタニヤフ首相が、議会の司法に対する権限を強化する法改正をしようとしており、国論が激しく分断されている。また宗教右派の対パレスチナ強硬論にネタニヤフ首相が動かされて、ガザのハマス政権に対しては、徹底的な経済封鎖を続けている。その状況で、ハマスがこのまま看過していると組織が自壊するとの危機意識から暴発したというのが実態と思う。

 もっとも半日で2千発以上のロケット砲を発射し、イスラエルがガザとの間に築いた10メートルの壁を爆破し、戦闘員を突入させるなど周到な準備を行っていた。モサド、シンベトは、通信傍受などのシギントだけでなくハマス内部に協力者を養成するヒュミント活動も行っていたはずだ。にもかかわらず、今回のハマスの攻撃を事前に察知できなかったことは、インテリジェンス戦におけるイスラエルの大敗北だ。

 いずれにせよ、双方が戦闘を中止する方向に国際社会は働きかけるべきだ。12日本紙社説の<際限のない殺りくが続いている。国際社会は停戦への働き掛けを急ぐべきだ>という認識を筆者も共有する。

(作家、元外務省主任分析官)