世界遺産「青の都」を誇るウズベキスタン シルクロードの中心で世界の音楽が交差する時~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(4)

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彼との出会いは韓国の食堂だった。ウズベキスタンでワールドミュージック・フェスティバルをやっているというハスニディン。彼とは2018年の韓国のイベントで、主催者に連れて行ったもらった食堂で相席になったのがはじまりだ。ビビンバを食べながらウズベキスタンについて思い浮かべたのは、中国の先でインドの上あたりにある国で、サマルカンドという美しく青い町があるということ。サッカー日本代表がワールドカップ予選のたびに苦戦を強いられている国ということだった。


ハスニディン(左)とスペインでのフェスティバルで。

国あげての一大イベント



ほぼ予備知識もない自分の想像を越えた土地に、突然招かれることになるとは思いもよらなかった。昨年6月、8月にウズベキスタンの世界遺産の街「サマルカンド」で開催される「Sharq taronalari(シャルク・タロナラリ)」という国際音楽祭への招待状が届いた。Sharq taronalari(シャルク・タロナラリ)とは、「東洋のメロディー」という意味。国を挙げてのイベントで2年に一度、世界遺産の青い街を舞台に開催されているという。ハスニディンからのメールには、「とにかく来てくれ」とあって、首都タシケントへと飛ぶことになった。

出張先の富山からバスで名古屋に出て、ソウル経由でタシケントまで。移動に20時間以上。着いたのは翌日の午前3時前で、ホテルに入ったのは4時。7時にはサマルカンド行きの電車に乗るために駅に向かうスケジュールになっていた。
「こっちに日本人がいるから来てみないか」。タシケントの駅で現地ガイドの方に言われるまま連れて行かれたVIPルームには、関西地方の某県庁所在地の市長さんがいらして、挨拶をさせてもらった。経済・文化・観光の交流を行うということで、音楽祭にも参加するとのこと。私との雑談までも随行している職員がメモを取られていて、なんだか申し訳ない。


滞在3時間、首都タシケントのウズベキスタン・ホテルにて。

首都タシケントからサマルカンドまでは、アフラシャブ号という高速鉄道で約2時間。途中停車駅はない。窓の外には延々と乾いた土地が広がっている。タシケントの8月の降水量は0ミリとのこと。寝不足と時差ぼけで朦朧としながら車内での時間をやり過ごした。


ウズベキスタン版の新幹線。乗り心地は素晴らしく、軽食も出た。

サマルカンド駅に列車が入っていくと、音楽隊の演奏が始まっているのが見えた。駅舎へのアプローチでは、民族衣装をつけた女性が土地のパンやお菓子を勧めてくれた。こうしたことが普段から行われているわけではなく、音楽祭のために行われているということは理解できた。なんだか国を挙げての大ごとなのだという雰囲気が伝わってきた。


サマルカンドの駅に着くと、この歓待ぶり。

音楽祭の会場は、サマルカンドの中心とも言えるレギスタン広場。かつてはシルクロードの要衝として、盛んに交易が行われていたという。


レギスタン広場

非日常的な空間の中でのオープニング・セレモニーに、会場は不思議な高揚感に包まれていた。主催者でもあるウズベキスタンのシャヴカト・ミルジョーエフ大統領や、音楽祭を支援するユネスコの事務局長によるスピーチ、オープニングのために特別な演出がなされた伝統芸能のパフォーマンス。いたるところで始まる人々のダンスの輪、広場を彩る花火。まるで不思議な夢を見ているような気分になった。


国を挙げての一大セレモニー。

刺激満載のバザール



「どこか行きたい場所はありますか?」。ボランティアでガイドの大学生、ノディラさんに尋ねられて連れて行ってもらったのは、シヨブ・バザール。市場だ。その土地に暮らす人の日常を肌で感じられるのが市場の魅力。近頃はツーリスティックな市場も多いが、ここは大勢の地元の人で賑わっていて、熱気、匂い、会話、あらゆる要素に感覚が刺激された。山のように盛られた色とりどりのスパイスは、シルクロードの交易拠点だけあって、驚くほどの安さだった。



シヨブ・バザール。サマルカンドを代表する活気のある市場。

八百屋のおばさんと客とのやり取りを眺め、ホルヴァという甘い菓子を試食して、スパイス売りの呼び込みをスルーする。屋台で木の実を絞ったジュースを飲み、ノディラさんオススメの量り売りのお茶の葉を買う。短い時間だが異国にいることを実感出来る貴重な瞬間だ。



14種類のスパイスと薬草茶が入ったパッケージは300円ほど(左)。お茶は量り売りしてくれる。

マルベリージュースの屋台。地元ではこのジュースを飲むと健康になると考えられているとのこと。

降水量0ミリ。昼間の日差しが強く、乾燥も激しくミネラルウォーターは手放せない。少し歩いただけでも体力を消耗してしまう。なんの下調べもないまま来てしまったので、どこに行きたいかと聞かれてもバザール以外はノーアイデアで、ノディラさんに勧められるままに、有名なモスクや手漉き紙の工房を回った。


手漉き紙の工場で会った家族。老婆はかつてインツーリスト(旅行会社)の職員で「日本人にはとても世話になったの」とのこと。

ボランティア・ガイドを務めてくれた大学生のノディラさん。モスクに入る際は、ヒジャーブと呼ばれるスカーフをつける。様々な色デザインのものがあるので、服の色や柄に合わせて選べる。

世界遺産で描く夢



夜になると、レギスタン広場でひたすら音楽祭のステージを見る。音楽祭は5日間に渡り、30カ国以上の伝統音楽のグループが参加し演奏を披露する。コンテスト形式になっており、最終日に優勝者が発表される。地元ウズベキスタンや周辺のアフガニスタン、タジキスタンなどのグループのほか、韓国や中国、アメリカやヨーロッパから出演しているグループもあった。披露されるのは、古典的な伝統音楽が中心だが、アメリカのグループはオーソドックスなカントリー音楽を演奏して盛り上げていた。今回、日本からの出演者はないものの、過去には、長唄、三味線、太鼓、日本舞踊を披露した吉住小三代社中が、世界一になった(2015年)こともあるそうだ。


大きな広場だが客席数は1500席ほど。システムはわからずじまいだったがチケットを手に入れるのは難しいと聞いた。入り口でのセキュリティも厳しかった。

「ここに沖縄のグループを出演させるにはどうしたらいい?」ハスニディンに尋ねると、「1年くらい前に、大使館経由で募集が出るから応募したらいい。沖縄の音楽はものすごく可能性があると思う」。

この幻想的なロケーションの中で披露される琉球古典音楽、あるいは琉球民謡は、おそらく次元を超えるような、美しい風景を見せてくれるのではないだろうか。妄想は膨らんでいく。



ローカルフードと家族ホテル



ウズベキスタンの料理は羊肉が中心で、全体的に脂っこい印象。昼食は毎日決まったホテルのレストランで日替わりのバイキングをいただいた。プロフと呼ばれる羊肉のピラフが美味しく、オリーブオイルが効いたスープとの相性も良かった。トルコ料理にも近いし、夏にモンゴルのフェスで食べた羊の焼き飯の親戚のようにも思えた。味の部分でも道は繋がっているということが伝わってくる。


(左)プロフ。脂は多いがうまい。地元の人はお茶で脂を洗い流す。(右)写真手前にあるパスタの上にのった麦が美味。右奥は、野菜、鶏肉、米が入ったマスタバスープ。

しかし脂が多い料理をたらふく食べると、お腹を壊すことも珍しくはない。今回は少し辛かったので、ホテルのフロントで地元の薬をもらおうと声をかけると、なんだか軽い騒ぎになった。オープンしたての家族経営のホテルで、ロビーでテレビを見ていた4〜5人の人は皆ファミリー。常備薬を一錠もらえればいいだけの話なのだが、「病院に行くか?」と聞かれ、家族総出で薬を探し回ってくれた。ほどなく薬をもらい部屋に戻るとノックの音。親戚だという医者を連れてきて「何かあったら医者がいるから連絡してくれ」という念の入れようだった。
なんだかとても、ウズベキスタンの人の温かさやホスピタリティーが感じられる出来事だった。

今回、仕事の都合のため、現地に滞在できたのは3日間。帰国後、参加者のグループメールで、今年のグランプリは、地元ウズベキスタンのグループが受賞したことを知った。
2年後、あのレギスタン広場の美しい舞台の上に沖縄のグループが立てるように具体的な準備ができればと思う。




【筆者プロフィール】
野田隆司(のだ・りゅうじ)

桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。高良結香マネージャー。



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