情熱の国スペインでラテンのちょい悪オヤジたちのステージに圧倒された夜~Music from Okinawa・野田隆司の世界音楽旅(5)


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スペイン・バルセロナのカタルーニャ広場からマンレザという町までは電車で約1時間半。約60キロの区間に21の駅がある。電車はいわゆる生活路線。バルセロナの中心地と沿線の町を緩やかに結んでいて、そこに暮らす人々の日常が垣間見える。マンレザ到着の15分ほど前、左手の車窓にモンセラットの峻険な山並みが広がり、遠目にもその荘厳さに圧倒される。沖縄に暮らすと、美しい海は身近な風景としてあるが、日常的に高い山を見ることはない。普段から目にする風景が、そこに暮らす人の一部を形づくるという面はあるのかもしれない。

観光スポットとしても人気が高い、モンセラット。

このスペインの小さな町を訪ねたのは、「FIRA MEDITERRANIA DE MANRESA」というフェスティバルへ参加するため。カタルーニャ地方の音楽を中心に、地中海沿岸の国々の、音楽、ダンス、芝居、サーカス、大道芸など、多岐にわたる出し物が紹介される。見本市とショーケースが一体になったイベントだ。

オープニング・レセプション。名物のワインが振る舞われる。

ちょうど一年前(2018年)の秋、同じスペインのカナリア諸島で開かれたワールドミュージックの音楽見本市で知り合ったバルセロナのファンファーレ・バンド、Biflats(ビー・フラッツ)が出演することも参加を後押しした。

フェス主催者が準備してくれたのはホテル・モン。フロントで昼食を食べられる場所を尋ねると、ホテルのレストランが美味しいと勧められた。やけに高いと感じつつ、ホテルだし仕方がないと思って注文したのは、メニューの中で一番安い鴨肉のリゾット。後から気づいたのだが、そこはミシュランの星がつく高級店だった。美味しくないはずがなく、値段もそれなりにするわけである。料理を口にはしたものの、あまり食べた気がしなかった。

ホテル・モンの外観。レストランの料理の数々は、ドライアイスで演出された前菜から気合が違う。

開放性とアイデンティティ

見本市の会場は、市内のマンレザ技術博物館。古い建物をリノベーションした博物館のフロアには、30ほどのスタンドが並んでいた。見た目はどこにでもある音楽見本市を変わらないものの、使われている壁面のパネルやテーブルは全てが段ボール製で、そのことからだけでも、このフェスティバルが発信するメッセージの一部が垣間見える。参加者の大半は、ヨーロッパの音楽関係者。アジアからの参加者は見渡したところ、私とウズベキスタンの友人ハスニディンくらいしか見当たらない。

見本市会場にて。目の前のライブを見ながら絵筆を走らせる。
ランチミーティング。ハムとチーズ各種にオリーブ、地元のワイン。

会場のあちこちで、音楽だけではなく、大道芸なども含めた幅広いジャンルの生のパフォーマンスが繰り広げられていた。表現されるのは、スペインらしい、明るく開放的な気分。しかしその背景には、常にスペインからの独立が議論されるようなカタルーニャの人々が持つ強いアイデンティティも反映されているのだろう。

フェスティバルの期間中、朝ホテルを出ると、深夜まで出ずっぱりだ。ランチを挟んで、カンファレンスや事前のアポイントのミーティングが続き、夕方からは街中の会場でのショーケース。週末は、一般の人も観客に巻き込んで、街あげてのにぎやかなイベントに変わる。裏通りの一角にある広場でパフォーマンスが行われていたり、広場ではシルク(サーカス)の公演が行われて多くの観客を集めていた。サーカスと言っても、ライオンや象が登場したり、空中ブランコがあったりという大掛かりなものではなく、3〜4人の演者が、シンプルな舞台装置を使って、観客を巻き込みながら、笑いを誘って披露する大道芸に近いもの。言葉がわからなくても、十分に楽しめる。

市街地の広場、サーカスの様子を多くの人が見つめる。
夜の街では、地元のファンファーレバンドがストリートライブ中。

週末の午後から夜にかけては、街の目抜き通りに市が立つ。ハムやチーズを売る店や、カフェ、パニーニ屋、雑貨や洋服などを売る店、本屋、移動遊園地まで、実に賑やかだ。その通り沿いのところどころに、ステージが設けられていて、音楽やダンス、シルク、様々なパフォーマンスが繰り返される。

カフェは街のインフラで、様々の文化が交わって通りを彩る。

ほぼ一人で会場を行き来しているので、途中の食事もほぼ一人。値段が手頃な感じの食堂を幾つか物色して入ってみる。当たりもあれば外れもある。パドロンという、ししとうの素揚げに塩を振った料理は、何度かスペインに通ううちに必ず欲しくなるメニューに加わった。

定食とししとうとローカルビール。

青年団のエイサーのような

土曜日の午後、カステールズ(人間の塔)が行われるというので、ハスニディンを誘って広場に繰り出した。もともとは宗教行事のお祭りで披露されていたものということだが、現在はそうした要素はほぼないらしい。近所のコミュニティの老若男女が参加する感じで、青年団のエイサーのような集まりに近いように見える。

最初に腰をサポートするために、帯をしっかりと巻きあげる。最下段には、屈強な男が幾重にも重なるように土台を作り、2段目の四人を何人もの手で支える。3段目から上は徐々に体重の少ない人が3人組みで立ち、最上段を目指してヘルメットを着けた小学生がよじ登っていく。

最大で10段の塔ができることもあるというが、この日は6段。背後では楽団が小さなラッパを吹いて盛り上げている。万が一落下してしまったら、大きな事故につながってしまうことは容易に想像がつく。大勢いる周りの観客はただ息を飲んで見守ることしかできないのだ。

日曜日の夜、念願のBiflats(ビー・フラッツ)のライブを聴く。
 「日本でやれるといいね」。マネージャーのシャビとそんな話をしたのは、前の年のカナリア諸島だった。音楽をはじめとする文化に対する支援に積極的なカタルーニャは、「国際線の旅費の部分はサポートしてくれると思う」とも。

14人組という大所帯のファンファーレ・バンドで、ラテン音楽の要素も色濃く出ている。ファンファーレ・バンド、日本では馴染みが薄いがヨーロッパではちょくちょく見かける。ちょい悪な雰囲気のおじさんたちのパフォーマンスには演劇的な部分も多く、ニンニクの扮装をしたキャラクターが登場し、ミュージシャンが偽の紙幣をばら撒き、最後は客席になだれ込んでの演奏で、会場を興奮の坩堝に巻き込んだ。スペイン語で、言葉の意味はわからないのに、凄まじいエネルギーとパフォーマンスでねじ伏せられた感じだ。

地元カタルーニャのファンファーレバンド、Biflats(ビー・フラッツ)。

ライブがクライマックスを迎える頃、どうすれば、誰に相談すれば、彼らを日本に招く事ができるのか、考え始めていた。
おそらく、こうしたイベントに誘われなければ一生縁がなかったはずの小さな町、マンレザ。月曜日の朝、日が昇る前の町を後にするときには、少しだけ後ろ髪を引かれるような気がした。


♢Fira Mediterrània de Manresa公式サイト(英語)
https://firamediterrania.cat/en/home?set_language=en

♢BIFLATS公式サイト(英語)
https://www.biflats.cat/eng

【筆者プロフィール】

野田隆司(のだ・りゅうじ)

桜坂劇場プロデューサー、ライター。
1965年、長崎県・佐世保市生まれ。
「Sakurazaka ASYLUM」はじめ、毎年50本以上のライブイベントを企画。
2015年、音楽レーベル「Music from Okinawa」始動。
高良結香マネージャー。