戸田恵梨香の実父急死…娘を思って残し続けた涙のスクラップ

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今年3月、東京で母と同居生活を送っていた戸田恵梨香。

「2人の初共演は、15年の映画『エイプリルフールズ』。交際に発展したのは、この2年以内だと言われています。

実は、2人は早い段階から “一つ屋根の下”で生活していたそうです。2年前の時点でそれぞれ同じマンション内の別部屋を借りており、交際に発展してからはひそかに行き来して愛を育んでいたようです。だから、どこにも情報が漏れなかったのでしょう」(芸能関係者)

12月10日に発表された戸田恵梨香(32)と松坂桃李(32)の電撃婚。熱愛報道すらなかった2人だけに、世間からは祝福とともに驚きの声が上がった。

これまで“共演者キラー”と言われるほど、華麗なる恋愛遍歴が話題となってきた戸田。関ジャニ∞・村上信五(38)、綾野剛(38)、勝地涼(34)、加瀬亮(46)、成田凌(27)など、お相手はいずれもイケメン芸能人ばかり。

そんな彼女が最後に選んだ松坂は、これまでの男性とは一味違ったようだ。

「彼は、基本的にインドア派。仕事が終わった瞬間にスイッチが切れるらしく、家でゴロゴロして過ごしているそうです。趣味はゲームで、休日は一歩も外出せずに熱中するほど。あまり芸能人らしくないタイプといえるかもしれませんね(笑)。

でも戸田さんは、彼のそんな“飾らないところ”が気に入ったようです。これまで付き合ってきたのは刺激的でアクティブな男性も多かったのでしょうが、本来の彼女はとても家庭的。料理上手で、尽くすタイプです。だから年齢的にも真剣に結婚を考えるようになったとき、彼のような“落ち着いて家にいてくれる人“を求めるようになったのでしょう」(前出・芸能関係者)

コロナ禍の自粛期間で愛を深め、地味家族婚に至った戸田。実は決断の陰で、もうひとつ大きな人生の転機を迎えていた。

■実母が気づいた異変「何度連絡しても返事がなく…」

本誌は電撃婚の舞台裏を聞くべく、兵庫県神戸市にある戸田の実家へと向かった。だが、自宅前にあった「戸田」の表札がなくなっている。すると、近くに住む女性がこう語った。

「7カ月ほど前、戸田さんのお父さんが亡くなったんです。その後、すぐにご家族は引っ越していきました。

お父さんは亡くなる1週間ほど前にもコンビニに行くところをお見かけするほど元気だったので、本当にびっくりしました。まだ65歳という若さだったそうです……」

なんと、最愛の父親が“急死”していたというのだ。別の近所の住人もこう続ける。

「5月の初めごろに戸田さんの家の前を通ったら、引越し業者さんのトラックが止まっていたんです。それで家の中を見てみたら、奥さんが荷物の整理をしていて。声を掛けると、『主人が亡くなったんです』と言っていました」

最近は母親が東京で戸田のサポートをするようになったこともあり、父親は実家で一人暮らし状態だったという。

「恵梨香ちゃんが昨年のNHK朝ドラ『スカーレット』に出演するようになったため、奥さんは付きっ切りで支えるようになっていました。撮影終了後もコロナ禍で娘のことが心配だったのでしょう。いっしょに上京していました。

そんななか、こちらにいる旦那さんと急に連絡が取れなくなったそうです。奥さんは『何度連絡しても返事がなくて。心配になって様子を見に帰って来たら、すでに亡くなっていました……』と言っていました。

すっかり憔悴している様子でしたが、一生懸命に家の掃除や片付けをしていてね。私も『大変でしょうけど、無理しないで』と言うのが精いっぱいでした」(前出・別の近所の住人)

近所の住人からは、「明るくて元気な人」と評判だったお父さん。いっぽう、娘思いな面も知られていた。

■「ものすごく紳士的で、そして強かった」

「恵梨香ちゃんは小学校のころから芸能活動をしていたので、仕事で学校行事を休まなければならないこともありました。

5年生くらいのときにはミニキャンプを欠席したのですが、後日になってお父さんから『いっしょにキャンプに行きませんか?』とお誘いの連絡がきたんです。恵梨香ちゃんが仕事で友達との思い出を作れなかったため、何とかしてあげたいと思ったのでしょう。そんな優しいお父さんでした。

また彼女が中学卒業後の進路で『神戸に残って進学するか、それとも上京して芸能界にチャレンジするか』と迷っていたとき、背中を押してくれたのもお父さんだったそうです。女優になる夢があるなら、自信と勇気を持ってチャレンジしなさい。

そんなアドバイスがあったからこそ、恵梨香ちゃんは女優として生きていく決意を固めることができたみたいです」(同級生の母親)

大手保険会社のサラリーマンとして働き、少林寺拳法の実力者でもあったという。Aさんを25年間指導し、結婚式の仲人も務めた少林寺拳法神戸六甲道院の宮原照雄道院長は19年に本誌でこう語っていた。

「恵梨香さんのお父さんは、仕事をしながら四段にまで昇段しました。私はこれまで2千人ほど教えてきましたが、そこまでいったのは十数人だけ。ものすごく紳士的で、そして強かった。

われわれは青少年育成にもかかわっていて、自信と勇気を若い人に与えることが使命だと考えています。また『拳禅一如』といって、体だけでなく心も鍛えて心身を健全にしていく。そんなもっとも大事な少林寺の教えを、お父さんは娘に伝えていたのでしょう」

強くて優しい父。その背中を戸田はずっと見てきた。

「恵梨香ちゃんのご両親は、とても庶民的な方です。買い物は普通のスーパーですし、移動はいつも自転車。彼女が活躍するようになってからも決して偉ぶらないし、生活が派手になることもありませんでした。

それに、2人とも飾らない人でね。お父さんはハキハキしていて、お母さんはおしとやかなタイプ。でもどちらも常に自然体なので、話しやすいんですよね。

とても素敵なご夫妻です。恵梨香ちゃんの目にも“理想の家族“として映っていたと思います」(前出・同級生の母親)

■自宅から出てきた”お父さんのスクラップ”

その生活は、最後まで変わらなかった。前出の実家近くに住む女性はこう語る。

「一度、冗談で『娘さんがあれだけ稼いで、かなり仕送りしてもらってるんじゃない?』と聞いたことがあるんです。そうしたらお母さんは『いえ、娘には娘の生活がありますからね。私たちは、あの子のお金にはノータッチなんです』とおっしゃっていました」

あくまで慎ましく、飾らない生活を続けてきた両親。そんな夫婦像は、戸田のなかにもしっかりと根付いていたようだ。

「コロナ禍ということもあったのでしょうか。派手にも見える恋愛遍歴を歩んできた戸田さんですが、最終的には挙式披露宴の予定もなく家族たちに見守られるなかでの“地味婚”に落ち着いたそうです。 

松坂さんはあまり物欲のない方で、ここ10年でいちばん大きな買い物が“10万円の時計”だといいます。もちろん、外で派手に遊ぶタイプでもありません。

戸田さんがそういうお相手をパートナーとして選んだのは、やはりご両親の姿を見てきたからだと思います。亡くなったお父さんからの『夫婦は飾らず』という遺訓は、彼女にもしっかり受け継がれていたということでしょう」(戸田の知人)

そんな父は、最後まで娘の幸せを願い続けていた。前出・実家近くの住人が言う。

「引っ越しの準備をしているとき、お母さんが家の前でたくさんの雑誌や新聞の切り抜きを整理されていたんです。戸田さんが芸能界デビューしたころから、お父さんがこつこつと保存していたものだそうです。

本当にお父さんは戸田さんの活躍がうれしくて、心から応援されていたんだなと感じましたね。たくさんの古い雑誌ひとつひとつから、娘を思う気持ちが伝わってきました……」

戸田は『non‐no』11年4月号で次のように語っている。

《大切にしているのは「すべてに感謝しなさい。おにぎりを一日一個しか食べられなくても頑張りなさい」という父の言葉。謙虚でいるのは当たり前のようで難しい。忘れたくない言葉です》

天国の父の言葉を胸に、戸田はささやかで温かい家庭を築いていく——。

「女性自身」2020年12月29日号 掲載



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