マジムンが恋を覚えたら……。という、あってはならないお話が今回のテーマです。
悪の軍団のボス、ハブデービルがひと目惚れ。お相手はなんと、天から舞い降りた絶世の美女だったのです。
不思議なもので、洋の東西を問わず女神というのは肌の透き通るような美女で、天上界から降りてくるものと相場が決まっています。それが世界標準の様式美なのかどうか、地の底から這い出る女神など、ほとんど聞いたことがありません。
今回、ハブデービルが出会った美女も例外にもれず天女でした。しかも清らかな水が湧き出る泉で沐浴をしていたのですから、瞬時に恋心が芽生えるのも無理はありません。
とはいえ、マジムンにとっては禁断の恋。いつもながらの騒動に発展していくのですが、それはさておき、沖縄には天女と人間が結婚するお話が各地に伝わっています。
島人と星の深い関係
いわゆる羽衣伝説ですが、このような民話は中国や本土でも千年以上も前から語り継がれ、沖縄にもそれらの説話が伝わったと考えられています。
あらすじは天女が水浴びをしていたところ、男に羽衣を隠され、そうとは知らない天女は男と結婚し子どもをもうける。月日が経ち、羽衣を見つけた天女は天に帰ってしまう……という内容ですが、残された子どもの後日談には様々なパターンが存在します。
沖縄では宜野湾市真志喜に伝わる森の川(むいぬかー)の羽衣伝説が有名で、実在した国王の出世譚に結びついています。いわく、二人の間に生まれた男の子は立派に成長し、のちに民衆に推挙され、察度王統を打ち立てたというもの。特別な星のもとに生まれたという偉人によくある伝説のひとつです。
沖縄にはそれとは異なる興味深い話も残っています。悲しみに暮れる天女が北斗七星のひとつに昇天したという説話で、中国南部や東南アジアにも同様な伝承があります。研究者の報告によると国内では奄美や宮古、八重山、粟国、渡名喜など南西諸島にまとまって分布しているというのです(*)。
古来、沖縄は星の位置を頼りに、農作物の種まきや収穫の時期を判断して暮らしてきた経緯があります。もしかするとこうした風土が伝承に大きな影響を与え、羽衣伝説にも盛り込まれたのかもしれません。
天女が森の川に降りるワケ
ところで天女はなぜ泉で水浴びするのでしょうか。わざわざ地上に降りてくるのには何か理由があるはずです。
「あのね、天上界には引力がないの。だから地上の泉に降りるのよ。スキンケアのためにね! もちろん私も欠かさないわ。ふふ」
とは、ハブ門中のなかで唯一、物知りそうな姫ハブデービルの言葉です。
でも彼女の話は真っ赤な嘘。森の川はそもそも神様がおわす聖地であり、神の使いである天女が舞い降りる場として、最もふさわしいところなのです。羽衣伝説が生まれた背景もおそらくそのあたりにあるのでしょう。
「だからよ。姫ハブデービルみたいなウロコ肌が水浴びする場所じゃないさあ」
反撃にでたハブデービル。おやおや、どちらもウロコに覆われているはずですが……。
いずれにしても神の領域にマジムンが足を踏み入れるのは御法度。そんなところで天女の衣装を盗んだりしたら、天罰が下りますよ。
*琉球大学法文学部紀要 人間科学第31号「琉球諸島の民話と星」山里純一(2014年3月)
文・仲村清司
写真・武安弘毅
男は見る目がないねえ。
美女はここにいるのに
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森川公園
伝説の舞台となった森の川は県の名勝に指定され、現在は森川(もりかわ)公園の一角にあります。
古(いにしえ)の昔から絶え間なく湧き出る清冽(せいれつ)な水。琉球石灰岩の石積みによる泉の造作は文化遺産というべき景観です。
森の川の後方には西森御嶽(にしむいうたき)(別称ウガンヌカタ拝所)や、西森碑記(にしむいひき)があり、この地が重要な聖域であることが伝わります。
琉球松を配した緑豊かな敷地内には多目的広場や展望台も設置され、散策にもオススメ。
宜野湾市では伝説にちなみ、毎年初秋に「はごろも祭り」を開催。察度王歴史絵巻行列など見所いっぱいのイベントです。
森川公園
沖縄県宜野湾市真志喜1-24-1