クースの世界、触れてみた。→こだわりも味わいも深かった。 「てみた。」31


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沖縄の泡盛を3年以上寝かせたものを一般的に古酒(クース)と呼ぶ。長い時をかけて甕(かめ)や瓶の中で熟成したクースは多くの人を引き付ける。

クースを育てる技法を「沖縄の文化」と論じる人、鍾乳洞を利用した酒蔵で地域興しを目指す人、泡盛の熟成を研究する収集家を回り、クースの世界に触れてみた。

その話は年を重ねたクースと同じく奥深く、まろやかな味がした。

継ぎ足して、育てる
 

甕に入ったクースをちょっと飲んで、同じ量の新酒を継ぎ足す。こうやっておいしいクースを育てることを「仕次ぎ」と呼ぶ。沖縄で古くから伝えられてきたクース造りの技法で、最近では自宅で仕次ぎを楽しむ人も増えている。

山原島酒之会の安次富洋副会長の自宅で仕次ぎを見せてもらった。自宅の部屋に据えた甕に大切に育てたクースが入っている。今帰仁村に住む謝花良政さんから学び、会が推奨する仕次ぎの方法を伝授してもらった。

まずは甕を三つ用意する。一番古い酒をためるのが親甕(一番甕)で、その次に古い酒を二番甕に、一番新しい酒を三番甕に注ぐ。親甕と二番甕、二番甕と三番甕にためる泡盛の酒齢はそれぞれ10年ぐらい離れているほうがいい。

仕次ぎを行うのは年に1回程度。親甕から取り出したクースは空のボトルに保存する。その同量のクースを二番甕から親甕に、三番甕から二番甕に移す。三番甕には市販で売られている新酒か三番甕よりも新しいクースを入れる。移し終えたら、セロハンなどを用いて、ふたをする。

仕次ぎを始める際、最初は一つの甕から始めて、次第に増やしていくことがお勧め。最終的な甕の数は三つ以上でもかまわない。

大切に育てたクースを味わう席では礼儀も大切だとか。安次富さんによると、クースを飲む時の御法度の行動は 1.クースの所有者ではなく、もらう人が自らクースを注ぐ 2.クースに多くの水や氷を入れる 3.クースを味わう場で酔っ払う-だという。安次富副会長は「所有者が大切に育てたクースを飲むときは、その人に敬意を持って、大切に少しずつ飲むことが大事」と話してくれた。
 

自宅で古酒の仕次ぎを行う山原島酒之会の安次富洋さん=名護市

熟成待ち、眠る
 

金武町の金武区事務所の裏にある金武鍾乳洞で大量の泡盛が熟成の日を待っていると聞き、じょーぐーのかーいー記者と大城カメラマンが潜入した。

洞窟の中はひんやりとした空気が漂う。中を進んでいくと、ずらりと並んだ泡盛の一升瓶が目に飛び込んできた。銘柄は金武酒造の「龍」で、その数1万2千本だ。

鍾乳洞に保管された古酒について説明するインターリンク沖縄の豊川明佳専務=金武町

金武鍾乳洞を古酒蔵として活用しているのは飲食店経営や食品事業を営むインターリンク沖縄(金武町)。申し込めば、5年、12年、20年のいずれかの期間で保管する。洞窟を案内してくれた専務の豊川明佳さんは「鍾乳洞内で寝かせた古酒はきめ細かい熟成で甘みが増す」と太鼓判を押す。

人生の節目の贈り物や自分へのご褒美に利用する人が多い。豊川さんは「私たちは所有者の思いを保管している」と話す。「大きくなったあなたへ」。クースボトル一つ一つに所有者の名前とメッセージが書かれたカードが付いている。

1988年から始まった古酒蔵は金武鍾乳洞を直接訪れないと申し込むことができない。社長の豊川あさみさんは「直接、金武町に訪れてもらうことで地域振興にもつながってほしい」と話す。金武鍾乳洞にはおいしいクースと地域やクースの所有者を思う優しい気持ちが眠っている。

究極、追い求める
 

泡盛と甕のさまざまな組み合わせを“実験”し、おいしい古酒(クース)作りを追求している中村保さん(73)=名護市。「飲んだ人が幸せを感じる、最高のクースを造りたい」と語り、従来の手法にとらわれないクース造りに情熱を傾けている。

古酒研究について熱く語る中村保さん

中村さんは1996年ごろからさまざまな甕や泡盛の銘柄、度数などを組み合わせて熟成の度合いを試してきた。山原各地を歩いて土や鉱物(マンガン、マグネシウムなど)を集め、多様な条件で甕を焼いた。鉱物の配合や焼き締め温度などを試行錯誤し、熟成に合った甕を追求した。

熟成25年を超えた古酒を「クース」と呼ぶ中村さん。仕次ぎはせず、25年を超えると、瓶に移す。現在は通気性のいい自宅2階の“酒蔵”で、研究成果を結集した三つの「マイブランド」を育てている。中村さんは「最高のクース造りを記録し、次代に残したい。皆が個性豊かに実験し、おいしいクースを追求してほしい」と笑った。

研究する泡盛の一部=名護市宮里

100年古酒目指し、継承

 

山原島酒之会 顧問 島袋正敏さん(74)

蒸留酒の仕次ぎは世界でも沖縄にしかない。仕次ぎは他に例を見ない沖縄の文化だ。蒸留技術が伝わったのは15世紀ごろの琉球王朝の時代という。戦前には100年を超えるクースも存在したと言われていたが、ほとんどが沖縄戦で消滅した。

仕次ぎで大量のクースを造ることができたら観光の資源にもなる。個人でも今から仕次ぎをやれば、孫、ひ孫の世代で100年クースが飲めるかもしれない。そんな思いをつなげることで、文化が継承されていく。
 

(2018年3月11日 琉球新報掲載)