アメリカから逆輸入のラーメン屋が沖縄で成し遂げたい夢とは

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琉球大学の北口前。学生向けのアパートや居酒屋が立ち並ぶこのエリアで、山盛りの美味しいラーメンが味わえるお店がある。その店の名は「Yume Wo Katare Okinawa」。その名の通り訪れたお客さんは、自分の夢を語ることができるという一風変わったラーメン屋だ。連日行列を成す人気店を背負って立つのは、店主の平塚旦さん(26)。アメリカ・ボストンにある人気ラーメン店で修業を積み、独立し沖縄に出店した。既存の飲食業の枠に捉われない営業スタイルの改革に取り組み、「沖縄のオンリーワン」になるため挑戦し続ける若者の姿を追った。

◇聞き手・野添侑麻(琉球新報Style編集部)


若者よ、夢を語れ!


―自己紹介をお願いします。

Yume Wo Katare Okinawa代表、平塚旦(ひらつかだん)と申します。東京出身の26歳です!

―目鼻立ちがくっきりしているので、沖縄の方だと思っていました!

両親がブラジル人なんです。高度経済成長の時に、仕事を求めて一時的に来日したんですが、日本が気に入ってそのまま永住したそうです(笑)。高校までは東京に住んでいて、大学はアメリカに進学しました。「Yume Wo Katare」との出会いはその時です。僕は「二郎系」※1と呼ばれる大盛ラーメンが大好きで、渡米から半年した時に食べたくて仕方なくなる禁断症状が出てしまいました(笑)。探すと、ボストンに行けば二郎系のお店があるということを知り、片道3時間かけて行ったんです。そこが「Yume Wo Katare」でした。

月1で通うようになって、後に僕の師匠になる店長さんとも仲良くなり、お店のイベントを手伝うなどしていたら、気づいた時にはアルバイトしていました(笑)。そして卒業後に社員として働くことになったんです。ビザの関係もあり、ボストンでは1年半ほど働いて、独立し昨年8月沖縄に自分のお店を作りました。「沖縄のオンリーワンの店になる」という夢に向かって、ラーメンが美味しいというだけではなく、「食べにいったら元気がもらえる」「夢を語り合える仲間ができる」といった、ラーメン屋以上の価値を提供することを目指して日々営業しています。

―このお店は名の通り「夢を語れるラーメン屋」というのが有名ですが、なぜそのようなスタイルになったのでしょうか。

「夢を語れる空間を作り、日本の若者を元気にしたい」という夢があります。10・20代の死因の一位が「自殺」という日本。そんな中、どうやって若者たちを元気にしていけるかと考えたときに、夢や希望を自由に語り合える場があって、それを応援する人たちがいる空間を増やしていけばいいんじゃないかと考えました。誰かが語った夢に対し「良いね、その夢。応援しているよ」と言い合える社会になったら、その語った人は夢に向かって純粋に突き進めるんじゃないか。そういう社会を作りたいと本気で思っています。

また何で僕らが「夢」という言葉を使うかというと、それは「夢」という言葉にワクワクするから。目標と言い換えてもいいけど、夢っていう言葉が自分にエネルギーをくれる。例えば今日やるべき課題に対しても、夢って言ってみたら「やらなきゃいけない」っていうネガティブな気持ちにならず、自ら率先して動きたくなる。そういう思いで、「夢」という言葉を使っています。そんな僕の今日の夢は「靴下を買いに行くこと」です(笑)。


お店のカウンターには夢を語る際に鳴らす「Yume鈴」が、至るところに置かれている。

「僕は夢を持つことが怖かった」



―「夢を語る場」を提供したい、その想いのもと始めたお店だったんですね。それでは旦さんが独立するに至った理由を教えてください。

僕は、夢を語り合う環境の中で働いてはいたけれど「自分の本当の夢ってなんだろう」と考える日々が続いていました。そんな時、高校生の頃に持っていた「ゲストハウスの経営者になりたい」っていう夢を思い出しました。でも、当時そのことを親に話したら否定された過去があり「夢は持ってはいけない」というような意識になってしまったんです…。でも、やっぱりやってみたいと思い、改めてその夢に挑戦してみようと思いました。

そこで師匠に相談したら、「良い経営者になる方法は、何かを経営してみて学んでみること。今、お前はラーメンの作り方も夢を語りたくなる雰囲気の作り方も知っている。まず一度Yume Wo Katareを経営してみたらどうか」って言われたんです。師匠は「2020年までに47都道府県に夢を語れるラーメン屋をオープンする」という夢があります。そこで沖縄を僕に任せようとピンときたんでしょうね(笑)。

師匠からは「3年間限定でラーメン店を経営してはどうか」という提案を受けました。何故3年かというと、経営が上手く波に乗ってくるのが「スタートから3年目」と言われています。その上で3年というリミットを決めたら、より毎日を本気で過ごすことができる。夢を語れグループのお金に重きを置かない経営方針を経験してから、今後の自分のやりたいことに順応させていけばいいのでは、と言われたんです。それを聞いて、「なるほど、合理的だな」という思い半分、「言いくるめられているな」という思い半分でしたが(笑)、経営者として必要なスキルも身に付けられるし、何よりすぐに取り組めることが目の前にあるのが嬉しくて挑戦することを決めました。



定休日を使って夢を持つ人を応援する場に



―自分の夢のため、まず経験を得ようとお店を手がけることを決意したんですね。それとこのお店は3年で閉まるんですか!常連としてその事実は衝撃が大きいです…(笑)。

そうなんです(笑)。その後は店の跡地を使って日替わり店長の店を作ろうと思っています。今、Yume Wo Katare Okinawaでは、何かに挑戦したいっていう人たちの夢を叶えるために、定休日を使って自由に店を使ってもらっているんです。今までにオムライス屋やうどん屋、マジックショーや落語会、プレゼン大会など多岐に渡る企画を行ってきました。常連さんやスタッフが店内で語った「○○をしてみたい」っていう夢が、そのまま形になることが多いですね。

これだけイベントを打ち続けるのも「僕らはラーメン屋の枠組みで考えられているビジネススタイルじゃないんだぞ」っていう意地があるから(笑)。でも、この取り組みが3年後に繋がればと思いながらやっています。Yume Wo Katare Okinawa自体も継ぐ人がいれば、誰でもお願いしたいなと思っています。何でも教えます。


店内にはアーティストとコラボした作品も飾られている。

―定休日を使ったイベント運営も今後を見据えてのためだったんですね!そしてどうにか継ぎ手も見つかるのを祈るばかりです(笑)。さて、8月でオープンから1年を迎えます。全てがゼロからのスタートだった店作りの際のお話しを聞かせてください。

「沖縄の若者を元気にしたい」というのが店を出す理由だったので、若い世代が集まる場所に出店したいと考えていました。僕のラーメンは安くて、お腹いっぱいになれる学生向きのラーメンなので、できれば学生街に出店したかった。でも、なかなか良い物件に巡り合えずにいたんですが、ふらっと立ち寄った琉大前のカフェ横が空き物件になっていて、そこが今のお店の場所になります。なんと琉大北口から徒歩10秒!(笑)。本当にラッキーでした。

―凄い偶然!でも、慣れない土地で契約のための交渉事をするなど苦労も多かったんじゃないですか。

そうですね…(笑)。僕の経験不足もあって、金融機関からお金を借り入れる時が大変でした。担当の方も僕の思いを理解してくれたのですが「引っ越してきたばかりで土地勘がないので、出店プランが不透明」、「沖縄に知り合いもいないので、何かあった時の支援者がいない」という理由から融資は難しいと言われました。

そこから、2カ月かけて出店予定地に何度も足を運び、「ここにラーメン屋ができることに対してどう思うか」という聞き込み調査をしたり、足を動かす中で僕のことをサポートしてくださる経営者の方々と出会えたり、開店資金を集めるためのクラウドファンディングで63人の方から50万円近い支援を頂いたりなど、先方が求める条件を揃えて改めて融資のお願いにいったのですが、「せめて2年の居住歴がないと融資はできない」と再び断られました。2か月間必死になって条件を揃えたのに、「2年」という数字の前には何の意味もなさないのかと、さすがに心が折れそうになりました…。でも、断られたその足で通っていた那覇のラーメン屋に食べにいった際にこの話をしたら、その店の常連さんで銀行の融資課に勤めている人を紹介してくれたんですよ!その方のおかげで、銀行で融資を受けられることになって、無事に開店できました。

―夢に向かって走り続ける旦さんを、神様は見捨てなかったんですね。当時店作りの過程もSNSを駆使して発信し、仲間を集めて、知名度を広げていたのも印象に残っています。

物件を契約したのが5月で、約3カ月かけてお店を作りました。店作りは絶対に一人ではできないので、「30分手伝った方は、未来のラーメン1杯無料」と掲げてSNSで手伝ってくれる人を募集しました(笑)。ペンキ塗りをしている様子などを逐一アップすると、その投稿を見て手伝ってくれる人が出てきて、更にその人がまた新しい人を連れてくるといった感じで広がっていったんです。毎日のように来てくれる人もいて、「無料ラーメンのためじゃなく、ここに皆でいるのが楽しいから来ています」っていう人まで。どうにかお店が完成して営業がはじまったら、手伝ってくれた多くの人が「ここで働きたい!」といってスタッフになってくれたんですよ!

―それは凄い!文字通り皆で作った店になっているんですね。

うちはスタッフが多くて、12人いるんですよ。毎週11枠しかシフトがないのですが、それを超える人が働いてくれていて…。店づくりの時から「手伝いにきてくれる人たちが、楽しく時間を過ごしてもらうためにはどうしたらいいか」ってことばかり考えていましたから、「ここで働きたい」と思ってもらえる空間を作れたことは、嬉しいです。お店を作っている時は、本当にお金もなかったんですが、人生で一番心から笑えた時間を過ごせたなと、今になって思えます。手元のお金も底をつきそうで「このお金を自分の数食分のご飯代にあてるか、それとも店作りのためのペンキを買うか」と悩んだ時も、仲間たちと店作りをしている時間が楽しかったから、材料を買いその分しばらく一日一食の生活になっても苦にならなかった。確かに生活水準は下がったかもしれないけど、こういう幸せの形もあるんだなと知ることができました。


店の壁には、手伝ってくれた人たちの手形が残っている。


ガッツリ山盛り!だけどアッサリ?



―苦労も共に乗り越えているからこそ、このお店のスタッフたちの絆は強く、そして訪れるお客さんに対しても心からの温かい気配りが出来ているんだなと感じました。さて、ここで旦さんの自慢のラーメンについて、ご紹介いただいても良いでしょうか。

うちはいわゆる「二郎系」と呼ばれているジャンルのラーメンです。二郎系のラーメンって「極太面」「豚骨醤油のスープ」そして「山盛りのニンニクと野菜&大きなチャーシュー」がベースにあるんですが、うちのは少し違っていて、スープが他の二郎系よりもあっさりとしたものになっています。スープだけ飲んだら醤油ラーメンと思ってしまうくらいすっきりしていて、理想は「がっつり食べられるけど、あっさり」っていうラーメンを目指しています。それは自分でも毎日食べたいからというのがあるんですが(笑)。スープは醤油の香りをたたせることに気を使っていて、京都にある「タケモ醤油」さんから取り寄せて使っています。それがちょっと甘めの醤油で、砂糖醤油餅のような香ばしい香りがするんです。


Yume Wo Katare Okinawaのラーメン。これに野菜やニンニク、味付けアブラなどを無料でトッピングすることができる。

あと、この店は調味料などの持ち込みOKで、自分なりの好きな味にカスタマイズして楽しんでほしいと思っています。お客さんの「トッピングで○○があったらいいな~」っていう思いを店側が制限する理由は一切ないし、自分なりのラーメンを作ってほしい。定番の持ち込みは生卵、ラー油、コショウ、ライスなど。お皿は貸すので、好きなように食べてください!今までで一番凄かった持ち込みは、ライスを炊飯器ごと持ってきたお客さん(笑)。それとガスバーナーを持ってきて、チャーシューを炙っている人もいたな~(笑)。



1か月近い夏休みシステムを採用!



―さて、このお店は週休2日にしたり、夏休みをとるなど、既存の飲食店がなかなか取り組めない「店側もしっかり休む」という問題にも向き合っていると感じます。この狙いを聞かせてください。

元々は火曜から日曜お昼までの営業で、1.5日休みという形を取っていたのですが、日曜のお昼ってあんまりお客さんが来ないっていうことに気づき…(笑)。日曜は大学もやっていないので人通りが一気に少なくなるんです。その分、休みにして何かイベントをやりたい人に貸し出したほうがいいなと思って週休2日にしました。

―8月15日から9月9日まで、1か月近い長期休みを取るという案内もしていましたよね。通常の飲食業ではなかなか踏み切れないことだと思うし、勇気のいる決断だったと思います。

僕たちがラーメン一杯750円っていうギリギリの値段設定でやっているというのもあるのですが、お店に入るお金がそんなに多くなくて…(笑)。そんな中でもやりくりしたら、数週間休みにしても問題ないことがわかったんです。また、働いてくれているスタッフもほとんどが大学生。話してみると彼らも夏休みを使って挑戦したいことがあるのがわかりました。今年のGWも出勤して頑張ってくれたし「夏休みをとって、もっと良いYume Wo Katare Okinawaにするための充電期間にしよう!」ということになりました。



夢を叶えるための一杯を



―なるほど。長期休みじゃなきゃできないことって沢山ありますもんね。スタッフさんがより良い学生生活を謳歌するためにも、夏休み導入は素晴らしい取り組みだと思います。それでは、最後に旦さんの今の夢を教えてください。

「下着ブランドをやりたい」という夢もあるんです。ラーメン屋、ゲストハウス、下着ブランド。この僕の持っている夢を掲げた時に、全て人間が生きていく上で大切な「衣食住」にまつわることだと気づきました。この3つをとことん突き詰めて「衣食住のプロフェッショナルになる」という夢に人生をかけて取り組んでいきたいです!それと僕のルーツであるブラジルに「Yume Wo Katare Brasil」をオープンすること。

夢って大きさは関係ないと思っています。例えば「明日7時に起きる」っていう夢でも、いつも8時に起きている人にとってそれは大きな挑戦だと思います。大小関係なく、その人のやりたいこととして尊重してあげる。そうしたらその人が夢に向かって一歩踏み出すことができるかもしれません。この一歩を踏み出すことってすごく大事で、大げさな話をすると「今日カレーを食べる」っていう夢があって、家にカレーがなくても諦めずにカレー屋さんを探して原付飛ばして食べにいける人と、家になければ諦めて家にあるものを食べる人では、その行動一つで将来的に自分の人生の夢に対する意思決定の差が出てくると思います。そんな自分のどんな夢に対しても向き合える場として、この店があり、ここでその夢を語ったらどんな夢でも応援する人たちがいる。夢を持つことができないっていう人がいる中で、「どんな夢でも大丈夫、ここに来たら一歩踏み出す勇気を与えるよ」って伝えたいです!



編集後記
Yume Wo Katare Okinawaの出会いはSNSだった。見ず知らずの青年が手掛けるラーメン屋の準備作業を手伝う多くの人達の写真。日に日に参加者が増えていく様子を見て、「この青年には人を惹きつける魅力があるんだな」と思った。それでも二郎系のラーメンが得意ではない私は、同店を訪れる機会はないだろうと思っていたが大間違い。数か月後「美味しい店があるから」と友人に半ば無理やり連れていかれた先は、いつかSNSのタイムラインで眺めていたあの店。衝撃的な美味しさで、気づけば月に何度も通うほどに。
大盛のラーメンを食べることは、夢を叶える過程に似ている。一見すると絶対に食べきれないと思う量でも、頑張って少しずつ食べ進めることで完食が見えてくる。まるで夢の叶え方を目の前の一杯が教えてくれているような。そんな夢を語れるラーメン屋に一度行って、自分の夢を声高らかに語ってみるのはいかがだろうか。店にいる全員があなたの夢を全力で肯定して、応援してくれることだろう。



スタッフみんなで集合写真。

※1 二郎系…東京都港区三田に本店を構える「ラーメン二郎」を典型とするラーメンの系統を指す。



Yume Wo Katare Okinawa

営業時間:火曜日〜土曜日 (日曜日・月曜日定休。不定休あり)
昼営業→11:30〜14:30 夜営業→18:30〜21:30
住所:沖縄県宜野湾市我如古2-12-6 (マップはこちら
Twitter:https://twitter.com/ywk_okinawa



聞き手・野添侑麻(のぞえ・ゆうま)

琉球新報Style編集部。音楽と湯の町別府と川崎フロンターレを愛する92年生。18歳からロックフェス企画制作を始め、今は沖縄にて音楽と関わる日々。大好きなカルチャーを作っている人たちを発信できるきっかけになれるよう日々模索中。沖縄市比屋根出身。




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