一人息子の心は「女の子」 母親は個性をどう伸ばしたか?

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下里倫子さん「周りの人に助けられてきた」と話す

小さいころから女の子の友だちと遊び、ままごとやお絵描きをするのが好きな子どもだった。そんな息子の豪志(たけし)さん(26)を見て、母親の下里倫子(りんこ)さん(61)=南風原町=は「『この子の心は女の子なんだ』と2、3歳の頃から分かっていた」と振り返る。結婚5年目にできた一人っ子。「心身共に健康であることだけでもありがたい」と感謝の気持ちの方が強かった。

3、4歳のころ、子どもが被害に遭う犯罪が相次いだ。豪志さんの心が「女の子」であることをなかなか受け入れられない夫に対し「もし事件や事故でたーけー(豪志さん)が亡くなったら、自分自身精いっぱいかわいがってあげたと言える?たーけーの泣き顔と笑顔どっちが見たい?」と問い掛けた。それをきっかけに、夫は受け入れるようになっていった。

小学4年生の時から、スカートをはくようになった。周りから嫌なことを言われても聞き流すことを覚悟し「『それでも着けたい』という思いが強いならはいてみたら」と話した。思った以上に周りの抵抗はなく、受け入れられた。

最も本人が反発したのが、小学6年時のプール。男子の水着を嫌がった。倫子さんは「社会は厳しい。親がいつまでもかばってあげられるわけではない」と心を鬼にした。「一度は男の子の水着で行きなさい。それでも嫌だったら先生に相談する」と説いた。やはり無理だと判断し、次回からは水着用上着を着た。

幼少期から英語やエイサー、ダンス、ピアノなどさまざまなお稽古ごとを経験させてきた。人とのつながりや社会性を身に付け、大人になった時、その学びを自信につなげてほしいという思いからだった。特に4年生から始めたピアノは、目覚ましい上達を見せ、卒業アルバムには「ピアニストになる」と記した。

「お稽古を自信に」音楽の道へ



ピアニストの下里豪志さん(左)と母親の倫子さん=2018年5月、宮古島市内(豪志さん提供)

高校からは「女子の制服を着たい」と要望し、高校に掛け合い認めてもらった。10年前の当時、県立高校で初の女子の制服を着る男子生徒だった。

ピアノコンクールで上位に入り、英語の弁論大会で全国1位と各分野で活躍。親戚のおじさんたちも「すごいね」と認めるようになった。本人の努力が周囲への理解へ、さらに自信につながった。「ピアノというやるべきことがあったから、深く悩む時間がなかったのではないか」と倫子さんは振り返る。

音楽大学を卒業した豪志さんは今、イタリアを拠点にピアニストの道を歩んでいる。コンクールでは名前と姿のギャップで舞台に出ると驚かれることもあるが「良い演奏をすると拍手をいただき、時には声を掛けてくれる。その積み重ねで今では(周囲の偏見は)気にならない」と語る。

また、名前を変えても性別は変わらないとし「私を受け入れてくれる人が多くいる。それ以上ぜいたくは言うつもりはありません」。ピアニストとして歩み始めた豪志さんを、倫子さんら両親は誇りに思い、温かく見守っている。

(知花亜美)

 

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