<金口木舌>新人類の転落

 最近の若者を「さとり世代」と称する。堅実で高望みせず、将来を見越して「悟った」ような考えをするからだという。欲がなく車やブランド品に興味が薄いのだとか

▼当の若者は「十把ひとからげにするな」と怒るだろう。確かに個性を無視して、ひとくくりにされるのは面白くない。しかし大人は若者を総称したがる
▼私たちは「新人類」と呼ばれた。1960年代の経済成長の時代に生まれ、物質的に豊かでテレビの発展とともに成長した。好き嫌いがはっきりして個性的-と書くと高評価のようだが、大人からは一風変わった、感性や価値観が異なる人種とみなされた
▼象徴が清原和博元選手だった。桑田真澄元投手とのKKコンビで甲子園を沸かせ2度の優勝を果たす。ドラフト会議では希望の巨人に指名されず、西武に入団。巨人との日本シリーズで勝利目前に流した涙が印象深い
▼時はバブル経済期。ブランドのスーツを着こなし、嫌なことははっきり口に出す。新人でいきなり31本塁打を放ち実力は折り紙付き。「新人類」代表として流行語大賞も受賞した
▼頂の先は誰しも衰える。30代はけがに悩まされ、不自然な肉体改造もした。離婚後は2人の息子との交流が支えだったようだ。バブルのまぶしさが後半に濃い影をつくったような人生に思える。同い年のスーパースターの転落は悲しい。そしてむなしい。