<金口木舌>許されぬ読み替え


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 1927年の芥川龍之介の死後間もなく岩波書店が出した「芥川龍之介全集」の箱の題字は、長男で俳優だった比呂志(ひろし)さんが書いた。「いやで堪(たま)らなかった」という少年期の体験をエッセー「門の外」でつづる

▼字は幼い。特に「全」の文字はにじんでしまった。当人は「失敗した」と思ったが、大人たちは採用した。「なぜ、こんな変なことをするのか。この件は子供心に長くのこった」と回想している
▼エッセーを読んで思い出したのが防衛省の正門にある銘板の文字だ。初代防衛相の久間章生さんの揮毫(きごう)で、失礼ながら達筆とは言えない。「防」のこざと偏はギリシャ文字のベータに似ている
▼それでも読めないわけではない。省昇格から10年間、大臣や職員を正門で迎えてきた。心配なのは文字を意図的に誤読する空気が門の向こうで広がっていることだ
▼南スーダンに派遣された自衛隊の日報に記された「戦闘」を稲田朋美防衛相は「武力衝突」と読み替えた。憲法問題を避けるためというから恐れ入る。現地隊員の実感を刻した文字を歪(ゆが)めていいのか
▼芥川龍之介の晩年作「侏儒(しゅじゅ)の言葉」の一節に「理想的兵卒はまず理性を失わなければならぬ」とある。上官への絶対服従を強いられる兵士の不条理を逆説的に論じた。稲田防衛相の行為は自衛隊から理性を奪うもの。それこそ平和と人権を唱う憲法の精神に反する。