<社説>琉球人骨の流出 調査と返還の是非議論を

 私たちの祖先が眠る墓地から骨が持ち出され、75年以上も返還されずにいる。研究目的といえども許されない行為だ。

 1928年から29年にかけて、人類学の研究者らが今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から持ち出した人骨が少なくとも26体、京都大学に保管されていることが分かった。台湾大学も33体保管している。持ち出しの事例はほかにもある。実態把握を急ぎたい。
 百按司墓から人骨を持ち出したのは、人類学者で京都帝国大助教授だった金関丈夫(かなせきたけお)氏である。沖縄での調査と人骨収集について著書「琉球民俗誌」に記している。今帰仁村教育委員会の調査で、京都大と台湾大が金関氏が持ち出した人骨を保管していることを確認した。台湾大は金関氏の異動先だ。
 人類学者による沖縄での人骨収集は、当時の人類学の潮流に照らして考える必要がある。
 19世紀に西欧で生まれた形質人類学や比較解剖学は、人種の違いや進化の道筋を明らかにするため、受刑者や植民地の先住民の人骨を研究対象とした。日本人類学の黎明(れいめい)期に活動した研究者も西欧の手法を導入し、日本人の優位性を明らかにしようとしたのである。
 これらの研究は、西欧列強に対抗して植民地政策を展開した近代日本の国策を支えた点を見逃してはならない。強制的に日本の版図に組み込まれたアイヌや台湾、朝鮮などで人骨を集め、研究成果を通じて力による支配を正当化した。戦後になり人類学の植民地主義への加担が批判された。
 沖縄における人骨収集の経緯も厳しく検証すべきだ。その上で人骨返還の是非や保存について議論したい。参考となるのがアイヌ民族による遺骨返還運動だ。
 北海道旧土人保護法の撤廃と自己決定権を求める機運の高まりの中で、アイヌの遺骨返還を求める動きが1980年代から活発化した。遺族が遺骨の返還を北海道大に求め、裁判にも訴えた。
 文部科学省は国内大学を対象に保管遺骨に関する調査を実施している。政府は2020年までに、国内12大学が保管する遺骨を集約する慰霊施設を北海道に建設する方針だ。
 遺骨収集はアイヌや沖縄の人々の尊厳や文化を著しく傷つける行為だ。その反省に立ち、文科省や研究機関は琉球人骨の保管状況をしっかり調査し、事実を公表するべきだ。

英文へ→Editorial: Taking of Ryukyuan bones for anthropology must be investigated and their return debated