<論壇・名嘉山 興武>理不尽の時代に至誠示す 島田・荒井両氏の足跡全国に

  名嘉山興武

 「沖縄の島守」として、いまなお多くの県民に敬愛され、その崇高な人間愛が語り継がれている島田叡氏の顕彰碑の除幕式が6月26日、執り行われた。当日は、炎天のもと井戸敏三兵庫県知事を団長とする兵庫県民代表団をはじめ、県内外から約400人の参加があり、あらためて「牧民官・島田叡」の遺徳をしのび、若い世代へ「命どぅ宝」とともに、平和と友愛のメッセージを発信した。

 式典の中で、いみじくも井戸兵庫県知事、翁長雄志沖縄県知事は「戦後70年・没後70年のことし、あらためてその深い人間愛と郷土愛、最期まで県民を守ろうとした生きざまを学び、次世代へと語り継がなければならない」と述べた。
 井戸兵庫県知事は「島守の形見に 誰もが涙せん 崇(あが)める気持ち 赤裸に出(い)でん」と自作の歌を披露した。その思いは、1995年の阪神・淡路大震災当時、知事の任にあった貝原俊民氏が「極限状況にあっても人間性を失うことなく、自分の食事を病人に分けたり、苦役作業も厭(いと)わずに、文字どおり県民と苦難を共にした島田知事から、民政官としての知事の責任は、県民の命に対してはもちろん、郷土の一木一草まで及んでいることを教えられた」と述懐したことに重なる。
 また、この式典に、島田知事と「二人三脚」で奔走し共に「島守」と慕われる荒井退造警察部長の郷里・栃木県からの9人の参加も特筆される。奇(く)しくも今回、本県野球の聖地、奥武山運動公園内に顕彰碑をはじめとするトライアングルの「友愛ゾーン」ができた。その三角形を起点に、次なる三角形を兵庫-栃木-沖縄に築かねばと考える。
 測量の現場では、細部にわたる図面を描くには、まず骨組み測量を行い、それを起点に細部測量を行う。骨組みは、基線をもとにして三角形(一等三角点網)を組み、その三角形の一片から次の三角形を順次組みながら骨格を拡大していく。兵庫と沖縄は点と線でしか結べない。しかし、新たに栃木という点を加えることによって三角形が組め、面ができる。
 今後、島田、荒井両氏の足跡を後世に「真の日本人」として語り継ぐ運動を、兵庫・沖縄の両県のみならず全国に展開するため、三角網を広げながら、全国を網の集合で履い尽くす、新たな事業の一歩として踏み出したい。なお今般の顕彰事業は、決して個人を美化するのでなく、理不尽がまかり通るこの時代に、至誠をもって民政の安定に努めた為政者がいたという事実から「この人の名も!」という思いに基づくものであることを強調しておきたい。
 (島田叡氏事跡顕彰期成会事務局、69歳)