『シークヮーサーの知恵』 奥集落に学ぶ多様性


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『シークヮーサーの知恵』大西正幸・宮城邦昌編著 京都大学学術出版会・7128円

 沖縄で暮らして16年になるが、シークヮーサーに出会った時の感激は今でも忘れられない。パンチがあるそのジュースは、大好きなペルー料理のセビッチェを作るのに最適なことを発見したからだ。そのシークヮーサーに一体どんな知恵があるというのか。題名にひかれ大部の本を一気に読んでしまった。

 本書は、やんばるの奥集落をフィールドに、生物学、人類学、言語学などの多様な分野の研究者たちが2年にわたって実施した調査の結果を、わかりやすく、かつ面白くまとめた奥の魅力を満載した本だ。
 まず驚いたのが奥のシークヮーサーの多様性と、果実の特質に対応した、さまざまな呼称の存在だ。それを手始めに、動植物など奥の自然の多様性が豊富な図表で示され、それを活用した奥の人々の多様な暮らしが、その歴史とともに語られる。さらには、それに裏付けられて生まれた多様なコトバ(奥方言)の世界がこれでもかと展開される。自然とそこで展開される人々の暮らし、それに裏付けられたコトバが相互に切り離せない環になっていることが了解される。
 やんばるは、世界自然遺産登録に値すると言われ、生物多様性の宝庫であり、その保全が必要であることは多くの人々が知っている。この本が伝えるメッセージは、生物多様性の保全は、そこで暮らす人たちの暮らしや文化の多様性、それを伝えるコトバの多様性の保全と切り離せないということだ。今、生活がグローバリゼーションによる画一化の波にのみ込まれ、琉球諸語が危機言語化する中で、ひとり生物多様性だけが保全されることはない。世界自然遺産登録を目指す人々への重要な警鐘である。
 近年、日本でも世界でも、異質なものを排除する同調圧力が危機的な水準にまで高まり、その反映もあって沖縄では、文化・歴史の独自性に基づく自己決定権の重要性の認識が高まっている。この世界の存続には、生物多様性、暮らしの多様性、そして文化(コトバ)の多様性が必要である。この本を読んでそのことをあらためて痛感した。
(桜井国俊・沖縄大学名誉教授)
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 おおにし・まさゆき 同志社大学文化遺産情報科学研究センター嘱託研究員。専門分野は記述言語学、言語類型論、言語教育、ベンガル語文学。
 みやぎ・くにまさ シシ垣ネットワーク会員、やんばる学研究会員など。元在那覇奥郷友会長。専門分野は気象、地震・津波、奥の猪垣・地名。

シークヮーサーの知恵: 奥・やんばるの「コトバ-暮らし-生きもの環」 (環境人間学と地域)
大西 正幸 宮城 邦昌
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