『思(うむ)いみぐい』 深い洞察で紡ぐ心の声


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『思(うむ)いみぐい』 波平幸有著 ブイツーソリューション・1620円

 前詩集『小(ぐゎあ)の情景』(第38回山之口貘賞)で「小」という沖縄口を一つの思想にまで高めた著者の第3詩集「思(うむ)いみぐい」が上梓された。「小の情景」から外に目を向け、過去現在未来についてさまざまな思いを巡らす。扉詩に「思いみぐい めぐり めぐり来て あかずの間 呼べどたたけど あかずじまい…」とある。しかし生ある限り「思いみぐい」するのが人間の性。過去の行為は訂正も消去もできないが再構築することは可能だ。

 「独楽(こま)を盗(と)った 紛(まぎ)れもない万引き あの日から一本 道を失った 遠回りして帰るから 時間まで失った」(独楽)。「表が好き 裏も好きだと答えた祖母の手鏡 泣いた涙の幾筋か 表と裏の狭間で抗(あらが)ったのよ ひび割れた硝子が 刺すように笑った」(手鏡)。「表」から「裏」へ視線をずらすと、硝子(がらす)のヒビが笑うのが視え、見慣れたふるさとも異風に映る。「ここが表玄関那覇空港 基地も広めに続きます /住み心地のいいわりに 問題含みの割安物件/不穏なところは目を瞑る/僕のふるさと いりませんか」(憂(うれ)わしき海辺)。「小さな艀(はしけ)を持ち歩いていた 陸地と海の狭間 艱難たえない島なのだ/一生艀を浮べる機会もなく 岸辺から遠くを眺め/足もと見れば そこに悲しみ二つや三つ 艀のかけらが打ち寄せられ」(艀(はしけ))。アレゴリーが秀逸。平易な言葉の裏に深い洞察がこめられる。

 〈山之口貘逍遥〉の2篇。

「東京いりば沖縄のこと 沖縄いりば東京のこと ままならん身の辛(ち)らさ」(門)。「〈沖縄よ どこへ行く〉 七十年問い続けてきた一行の煌(きらめ)き ここに山之口貘の悲しみあり ここに一行の怒りあり 泡盛一献 波を鎮め給え」(沖縄よ どこへ行く)。

 印象的なコワイ話。「飲み屋の中の蓋された古井戸/どの女も古井戸の身投げ話に似合って、美しかった」(古井戸)。「私娼のあがりをくすねた男」の妻が、実はその私娼であったという(月夜の廃墓)。最後の(セレナードの窓)が軽妙で明るい。「ああなんやかんや言いつつも 窓ひとつ 心ひとつ 声を忍ばせ セレナードでも唄おうか」。思えば全篇がセレナードであり、心の声なのである。

(佐々木薫・詩人)
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 なみひら・こうゆう 1938年、那覇市生まれ。琉球新報社勤務を経て上京、2014年に初の詩集を出版、第2詩集「小(ぐゎあ)の情景」で第38回山之口貘賞受賞。