沖縄は今、悲哀と憤怒の中にある。また、尊い命を守れなかったという自責と悔恨がある。もうこれ以上、犠牲者はたくさんだ。この理不尽の連鎖を絶つには、その根源を取り除くしかない。そんな沈鬱(ちんうつ)な思いの中で、本書を手にした。
本書には、今の沖縄の問題に直接関わる文章は少ない。今の状況にフィットしない。老人の自己満足ではないか。毒にも薬にもならない。そんな意地悪い感情を抑えながら全体を読み通した。そして、本を閉じて静かに反芻(はんすう)して、それぞれの文章の奥に込められた深い思いに心を洗われた。ささくれだった心が平穏になるには、まだまだ時間が掛かりそうだが、心の支えになる力をもらえる。
巻末にある執筆者紹介を基に整理すると、36人の執筆者は、今年88歳になる方をはじめ80代13人、70代16人、60代7人である。その経歴を見ると、元沖縄県知事、元校長・教頭経験者など教育関係者、病院長を含む医療関係者、企業のトップなどの経験者、そして現在もそれぞれの分野で活躍されているそうそうたる方ばかりである。並んだその名前を見ただけで、気後れし敬遠してしまいそうだ。しかし、話題は職場、家庭、旅での経験や出会いなど、身近なものが多く親しみやすい。
戦後の沖縄をけん引してこられた諸氏の語りには、それぞれに威厳と風格がある。言い尽くせないほどの苦難があったはずだが、今はその乗り越えてきた道のりを味わい、苦労や失敗は笑いで包み、楽しむ余裕がある。自らの人生に対する誇りと自信に裏打ちされた、人間としての深みがにじみ出ている。沖縄の自然、歴史、文化に対する愛着と深い洞察がある。
軽妙な筆致に誘われてほほ笑み、知的な分析になるほどと感心し、疑問や反論したいこともあるが、それ以上に共感することが多い。何よりも、人生の成功者にありがちな「くさみ」がないのが好ましい。手にすれば、2編や3編、いやそれ以上に刺激的な文章に出会うことだろう。
(上里賢一・琉球大名誉教授)
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おきなわエッセイスト・クラブ 会長は玉木病院院長の中山勲氏。編集委員長は新城静治氏が務める。合同随筆集は今回で33集目。