『野球における暴力の倫理学』 人間関係に絡む難問


社会
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『野球における暴力の倫理学』大峰光博著 晃洋書房・1728円

 気鋭の学者である筆者が「スポーツにおける暴力」を博士論文のテーマにしていたところ、大阪市立桜宮バスケット部主将が体罰により自殺した事件、柔道女子日本代表15人が指導者による体罰や暴力、暴言を告発した事件が相次ぎ、スポーツ界における体罰・暴力問題が大きな社会的問題となった。筆者はこれを天啓と感じ、スポーツと暴力という極めて難問の研究を継続するようになったのである。

 そもそも暴力とは何か、が大問題であり、筆者は「乱暴な力、無法な力、殴る蹴るなど相手の身体に害を及ぼす不当な力や行為」という辞書的意味だけでなく、「権力や支配力」をも包含する意味で捉える。そして暴力を「倫理的逸脱現象」とし、「応用倫理学」の立場から「責任概念」をからめ説明を図る。本書では野球における暴力問題、「報復死球」(投手のジレンマ)「体罰」(勝利至上主義)「対外試合禁止処分」(連帯責任問題)に限定し論じている。

 筆者が引用した各種アンケートによると、学校教育法での明確な禁止規定、前述の社会問題があったにも関わらず、依然体罰は存在する。しかも体罰を受けた過半数の人が体罰をした指導者を「好き」といい、体育学専攻の学生で、条件付きではあるが体罰必要との回答が64%を占める。また、体罰は教育上必要かとの一般の人への質問には「とても」と「やや」を含めた必要との回答が57%、どちらともいえないが22%で、信頼関係があれば体罰はあっても良いとの回答が62%との事実がある。

 これらデータは、人間関係における体罰・暴力の微妙かつ困難な関係を示唆している。つまり、体罰や暴力は無い方が良く、誰もがそう願っているのに実際はそうならず、この問題を考える研究者にとって重いテーマだ。筆者が今後、より普遍的なスポーツにおける暴力と倫理の問題について研究を進めることを期待する。そして、スポーツではなぜ勝って泣き、負けて泣くのか、そして観客である私たちも同じように感動するのか、そこに「スポーツ」「暴力」「倫理」の関係があるのか、教えていただきたいものだ。
 (辻口信良・弁護士、スポーツ法)

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 おおみね・みつはる 1981年、京都市生まれ。早稲田大大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。現在、名桜大人間健康学部スポーツ健康学科助教。

野球における暴力の倫理学
大峰 光博
晃洋書房
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