人事・訃報

沖縄戦など多大な研究業績 大田昌秀氏

沖縄国際平和研究所理事長として討論会で発言をする大田昌秀氏=2013年8月14日、沖縄コンベンションセンター

 死去した大田昌秀氏は鉄血勤皇隊の一員としての体験を原点とした沖縄戦の解明と沖縄戦後史の研究、沖縄の言論史やジャーナリズム研究に多大な業績を残した。さらに沖縄人のアイデンティティーの追究、皇民化・同化政策といった沖縄近代化の過程の問題、マイノリティー、戦争と平和、米軍占領などに学問的な関心を広げ、それぞれの領域で研究を深化させた。

 1941年、沖縄師範学校に入学したが、45年に鉄血勤皇隊の一員として戦場に動員された。一命を取り留めたものの多くの学友を失った。その凄惨(せいさん)な体験から、沖縄戦の背景を知りたいと、戦後、沖縄戦の研究を始めた。

 51年に早稲田大学に入学後、米シラキュース大学大学院修士課程でジャーナリズムを研究した。58年、琉球大学に講師として採用され、社会学科の中にジャーナリズム講座を開設した。

 実証主義的な研究姿勢を貫いた。何度も渡米して沖縄戦や米国の沖縄統治に関する米側資料を発掘し、米国、日本、沖縄の資料に基づき多くの論文、著作を発表した。

 66年、戦後沖縄における本格的なマスコミ研究書として位置付けられる「沖縄の言論―新聞と放送」を刊行。67年には「沖縄の民衆意識」を刊行し、戦前の沖縄における言論機関の生成・発展と民衆意識の変遷を解明した。

 「沖縄人とは何か」を解明することは、沖縄の言論、思想史を解明することであると結論付け、研究を重ねた。一方、沖縄返還が実現する以前から各種雑誌に沖縄問題に関する論陣を張り、発言を続けた。

 琉球大学教授時代の1987年に東恩納寛惇賞を受賞した。91年、大田平和総合研究所を主宰。県知事、参議院議員を務めた後、2013年に「特定非営利活動法人沖縄国際平和研究所」を設立した。【琉球新報電子版】