『K体掌説』九星鳴著


社会
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熟練の「新人」によるショートショート
 ずいぶんと凝ったペンネームだ。九星鳴。「いちじく せいめい」と読むらしい。帯には「21世紀の稲垣足穂か、はたまた星新一か。ショートショートに驚異の新人現る。」とある。これが本当ならすごいことだ。さらに萩尾望都さん、川上量生さんなど著名人4人が推薦文を寄せている。カバーイラストのタッチに見覚えがあると思ったら、なんと山本容子さんではないですか。

 この時点で帯の惹句を素直に信じていけないなと思う。「新人」のデビュー作ではないはずだ。新人賞受賞作でもない限り、デビュー作に4人も推薦者が用意されることはない。またデビュー作のカバーに山本容子さんというのも、なかなか出てこない発想だ。作家と画家の知名度が釣り合わなさすぎて、不自然な印象が生じてしまう可能性がある。
 これはきっとベテラン作家がペンネームで書いているに違いない。
 本をぱらぱらとめくり、その思いは確信へと変わる。巻末には文芸誌「オール読物」で連載されていた原稿を集めた本だと記されている。これはかなり実績のある大物が書いているということを意味する。そうでなければ、「オール読物」で連載させてはもらえない。ましてやショートショートなのである
 本書を3分の1ほど読んだ時点で、やはりこれは新人に書けるものではないと感じる。わずか数行のみという作品もあるのだが、それが単なるアイデアの断片で終わっていない。世界を独自の角度から切り取りたいという色気、どこにもなかったものを書こうという気概がそこかしこに見受けられる。そのくせ軽妙洒脱という言葉がぴったりな文体からは、貫禄や余裕すらうかがえる。
 こんなに上手な人がいるだろうか。誰の手によるものなのかまったく想像もつかず、ネット検索でもしてみたところ、3分もせずに答えが見つかって拍子抜けした。秘密のプロジェクトでもなんでもなくて、発売と同時に著者自身がブログで正体を明かしているのである。
 やはりかなりの人気作家であった。
 なるほど、それはうまいわけだ。
 事実が分かったことで、興奮も落胆もしなかった。一つ思ったのは、もし本当の新人だったら、ショートショートを書いてデビューするのは、あらゆる意味で不可能に近いのだなあということだ。
 (文芸春秋 1450円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)

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