<金口木舌>生きる力をくれた写真


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 がれきの山を背に、口元を固く結び、少しうつむき気味。両手には水を詰めたペットボトルを持ち、一歩踏み出す少年の写真。悲しみより力強さを感じさせる

▼写真は東日本大震災直後の2011年3月14日、共同通信社から配信され、本紙をはじめ加盟紙に掲載された。この写真に心を動かされた男性が今年9月、写真を絵にして少年に贈った。少年は宮城県気仙沼市で被災した松本魁翔(かいと)君(小6)
▼絵を贈ったのは広島市の大上克己さん(59)。難病のパーキンソン病を患い、手の震えを抑えながら必死に描き上げた。魁翔君から「勇気と生き抜く力をもらったから」
▼被災後、魁翔君は家族の絆を結ぶ役目を果たした。避難生活のストレスから祖父と大げんかをした母が家を飛び出した。追い掛けた魁翔君は「助け合う時に、何で家族みんなでいられないの」と、初めて母を怒鳴り、泣いた
▼魁翔君は小1から防具付き空手を始め、小4で全国2位になった。だが、昨年の大会が震災で中止になり、やる気を失いかけた。そんな時、写真をきっかけに文通が始まった香川県の小学生から届いた手紙で再起できた
▼1枚の写真が人々を突き動かし、支え、支えられて明日への希望を紡いでいく。この写真が日の目を見なかったら、大上さんと魁翔君はまた違った人生を歩んだことだろう。「合縁奇縁」とはよく言ったものだ。