<社説>沖縄戦75年 体験継承し平和の構築を

 県民の貴い生命を奪い、祖先が築いてきた独自の文化を破壊した沖縄戦から75年の年月が流れた。「慰霊の日」を迎え、私たちは沖縄戦体験者の証言や戦争遺跡が発するメッセージを胸に刻みながら沖縄戦体験を継承し、平和創造の礎を築くことを誓いたい。

 小学生のころ沖縄戦を体験した県民は80代となった。防衛隊や鉄血勤皇隊、女子学徒隊として戦場に動員された県民の大半は90代である。体験者から直接証言を聞くことができる機会は限られている。
 残された時間の中で体験者の証言と向き合う努力を重ねつつ、沖縄戦研究の蓄積を踏まえ、新たな体験継承の方策を探りたい。近年、若手研究者の参画によって沖縄戦を主題とした市町村史誌やガイドブックが編まれたことが高く評価されている。
 県経済や県民生活に打撃を与えた新型コロナウイルスの感染拡大は沖縄戦体験の継承にも影を落とした。県平和祈念資料館、ひめゆり平和祈念資料館、対馬丸記念館は休館を余儀なくされ、学校でも平和学習の時間が制限された。各地の慰霊祭も規模縮小・自粛が相次いでいる。
 犠牲者を悼み、沖縄戦を学ぶ機会を逸したのは残念だが、今回のことで沖縄戦体験の継承が滞ってはならない。
 同時にコロナ禍は犠牲者を追悼する姿勢や平和行政の在り方で課題を浮き彫りにした。
 沖縄全戦没者追悼式について県は当初、規模を縮小し、国立沖縄戦没者墓苑で開催すると発表した。これに対して沖縄戦研究者からは異論が上がった。住民の犠牲を天皇や国家のための「殉国死」として追認することにつながりかねないと懸念したのである。
 平和の礎や魂魄の塔、各地の慰霊塔で犠牲者を悼んできた県民にとって、国立墓苑は近い存在ではない。県は従来通り平和祈念公園の広場へ開催場所を変更したが、沖縄戦体験や犠牲者と向き合う県の姿勢が問われることとなった。
 開催場所の変更を求める市民に対し、玉城デニー知事は「どこで祈っても心は通じるから場所にはこだわっていなかった。勉強不足だった点はある」と率直に語った。しかし、知事が反省して済む話ではない。犠牲者追悼・平和行政の形骸化が危惧される事態だ。開催場所選定に至る県の意思決定過程を検証し、教訓としてほしい。市町村も同様に体験継承活動や戦争遺跡の現状をチェックする必要がある。平和構築の取り組みは市町村行政の柱であるべきだ。
 私たちは平和創造のために沖縄戦を学ぶ。悲惨な体験から得た「軍隊は住民を守らない」という教訓を踏まえ、県民は戦争につながることを否定してきた。その姿勢を堅持するため、私たちは75年前の焼土に何度も立ち返ってきた。
 沖縄戦は過去の出来事ではない。現在を生きる私たちの糧となる。平和を築くための指標が沖縄戦体験にあることを忘れてはならない。



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