<社説>検事総長の交代 厳正公平に政治と距離を


社会
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 検察庁トップである検事総長が稲田伸夫氏から林真琴氏に交代した。今回の人事がひときわ注目を集めたのは、行政を担う安倍政権の司法への越権という専横ぶりに国民が眉をひそめたことにほかならない。

 検察庁法で63歳の退官が決まっているのに閣議決定で覆す。集団的自衛権行使の時と同じだ。憲法を改正せず、閣議決定で道を開き、関連法を成立させた。無理を通して道理を引っ込める政治手法を国民が懸念するのは当然だ。
 国家の権力行使を法で拘束し、国民の権利や自由を守る「法の支配」をないがしろにしているようにしか見えない。
 まずは閣議決定の撤回が道理に戻る唯一の道であることを政府は肝に命じるべきだ。
 問題の発端は、政府が1月に検察庁法の従来の解釈を変更し、東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を半年間延長する閣議決定をしたことに始まる。退官が今夏だった稲田総長の後任に据えるための恣意的な決定と臆測を呼んだ。
 人事院が「検察官には適用されない」と国会で約束した国家公務員法の定年延長を適用し、後付けで合法化するような法案を国会へ提出したのだから無理もない。
 加えて黒川氏が政権と近く、親和性があるとみられていれば、誰もが、今回の検事総長の後任人事に疑念を抱いてもおかしくない。
 黒川氏の定年延長について政府は、重大で複雑な事件の捜査・公判に対応するためと説明した。前日産自動車会長カルロス・ゴーン被告の特別背任事件などがあり、しかもゴーン被告が国外に逃亡していたこともあった。森雅子法相は「黒川氏の指導監督が不可欠」とまで言明している。
 しかし牽強(けんきょう)付会の最たる言い訳だったのは明白だ。黒川氏が新聞記者らとの賭けマージャンが発覚し5月に辞職すると法務省幹部は、辞職によって捜査・公判に特段の支障は生じないと答弁した。定年延長は何のためだったのか。
 検察官は行政府に属するものの、容疑者を起訴するなどして、裁判の当事者となる。ゆえに「準司法官」と言われる。裁判官に準じる独立性が求められる。そこに人事権によるコントールが及べばどうなるか。人事をめぐって時の政権におもねる検察官が幅を利かせるようになるのは想像に難くない。
 林氏は就任会見で「検察はどのような時にも厳正公平、不偏不党を旨とするべきだ」と語り、政治とは一定の距離が必要との認識を示した。
 先の国会で検察庁法改正案は廃案となったが、検察官の定年引き上げの改正案を再提出する動きもある。任命権者の判断で定年延長を可能とする国家公務員法の規定を検察官に適用する政府の法解釈も残ったままだ。
 行政の恣意的介入に懸念が拭えない以上、権力が分立し、一定の距離を保つためにも改正案提出を断念するのが筋だ。