<社説>「黒い雨」原告勝訴 援護対象拡大し救済急げ

 被爆75年での被爆者認定は、あまりにも長すぎた。

 広島への原爆投下直後に放射性物質を含んだ「黒い雨」を浴びたのに、国の援護対象区域外だったことを理由に被爆者健康手帳の交付申請を却下したのは違法として、広島県内の84人が処分取り消しを求めた訴訟の判決で、広島地裁は原告全員を被爆者と認め、手帳の交付を命じた。
 被爆者は病気を抱え、高齢化も進んでいる。2015年11月の提訴から5年近くが経過し、原告のうち9人が死去している。原告全員の早期の援護適用はもちろんのこと、原告以外にも健康被害が生じている人はいるはずだ。国は黒い雨の被害範囲を直ちに拡大し、被爆者全ての救済を急がなければならない。
 原爆による放射性降下物は、投下の数十分後から数時間、爆心地やその周辺に雨などとともに降り注いだ。裁判は、原爆投下後に大雨が降ったと推定される「特例区域」の線引きの妥当性が大きな争点となっていた。
 特例区域は広島市中心部の爆心地から市北西部にかけて広がる長さ約19キロ、幅約11キロの楕(だ)円形の範囲だ。投下時にこの区域にいた人は無料で健康診断を受けられる。健康診断の結果、特定の11疾病を発症している人には被爆者健康手帳が交付され、医療給付の援護を受けられる。
 原告はがんや白内障など「原爆症」と認定され得る疾病を発症しているが、特例区域の境から数十メートル離れただけで被爆者健康手帳の交付申請が却下された人もいる。
 国が定めた範囲は、1945年8~12月に広島管区気象台(当時)の技師らが実施した聞き取り調査に基づいている。原爆投下直後の混乱期の調査であったことから、原告は降雨域の根拠として不十分さを主張してきた。
 広島市は2010年に、約1500人分の調査結果を基に降雨域は「市域のほぼ全域と周辺部」に及ぶと試算し、特例区域を約5倍に拡大するよう国に求めた。03年から8月6日の平和記念式典の平和宣言で、秋葉忠利前市長から現在の松井一実市長まで「黒い雨降雨地域を拡大するよう強く求める」と訴えを続けてきている。
 黒い雨を浴びながら被爆者と認められず、援護を受けられないままに命を落としていった多くの人がいたことを忘れてはならない。被爆地の声に向き合わず、救済を否定してきた国の責任は重い。
 広島地裁は「黒い雨は特例区域にとどまるものでなく、より広範囲で降った」と認め、黒い雨の被害範囲を巡る初の司法判断を示した。被爆者援護法の理念を尊重した判決として評価する。
 実質的な被告である国は全員救済の判決を真摯(しんし)に受け入れ、控訴を断念すべきだ。区域設定の妥当性を検証する実態調査を行うなど、特例区域の見直しに向けた法律の改正に今すぐ着手することだ。



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