<社説>徴用工訴訟の資産売却 困難打開へ和解模索を


社会
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 韓国の元徴用工訴訟の勝訴判決に基づき、原告側に差し押さえられた被告日本企業の資産売却手続きが一段と進んだ。韓国裁判所の差し押さえ命令決定など関係書類を企業側が受け取ったと見なす「公示送達」の効力が4日生じた。

 資産の売却命令で、現金化されるまでには数カ月を要するとみられる。しかし、このまま事態の悪化を許すわけにはいかない。政府同士のけん制のし合いで一身にその被害や損害を負うのは民間交流であることを忘れてはならない。関係破綻を回避する和解の模索が喫緊の課題である。
 韓国の徴用工訴訟は、朝鮮半島出身の元労働者たちが日本の植民地時代に強制労働をさせられ、非人道的な扱いを受けたとして賠償を求め起こした。韓国最高裁は2018年10月、被告の新日鉄住金(現日本製鉄)に賠償を命じた。
 日本政府は、1965年の日韓請求権協定で(元徴用工の)問題は解決済みとしている。とはいえ、個人がかつて受けた屈辱や痛みが消えてなくなるわけではない。
 戦後補償の問題に関して最高裁は、日中戦争中の強制労働に伴う損害賠償訴訟で、1972年の共同声明により個人請求権は放棄されたとして訴えを退けたが、付言でこう述べている。「個別具体的な請求への自発的対応は妨げられず、極めて大きい精神的・肉体的苦痛を受けた原告らの被害救済に向けた関係者の努力が期待される」
 韓国徴用工の判決を機に政府は問題が蒸し返されたとして、文在寅政権に解決を求めている。菅義偉官房長官は「公示送達」の効力発生に関し「あらゆる選択肢を視野に入れて、引き続き毅然(きぜん)と対応する」と対抗手段の構えも見せる。
 しかし、被害者個人にまで慰謝は行き届いただろうか。かつての支配国が歴史に誠実、謙虚に向き合わなければ、被害者個人のうっ積したわだかまりは解けない。
 忘れてはならないことは、日本の裁判でも、元徴用工を巡る訴訟が提起され、賠償請求は、時効などを理由に阻まれたものの、判決が強制労働の事実を認めていることだ。その観点からも請求権協定の内実も含め、日本側の被害者に対するアプローチに不備はなかったか検証すべきだろう。
 日韓関係の悪化に伴い、韓国プロ野球チームのキャンプが県内でも次々と中止になった。そんな中にあっても地道な交流継続の努力が自治体などで続けられている。
 昨年11月には少年野球チームの交流試合が実現した。今年はプロ野球チームの春キャンプが復活した。これまで育んできた交流と絆を政府間の不作為によって台無しにしてはいけない。
 韓国側も日本の対応によっては報復する可能性を示唆している。コロナ禍で一致協力すべき隣国関係が機能不全に陥ることはあってはならない。打開に向けて丁寧に、冷静に関係を再構築したい。