<社説>軍港移設北側案合意 移設なき返還は不可能か


社会
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 米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添市移設を巡り、県、那覇市、浦添市の3者は軍港の配置について北側案で事実上、合意した。これまで南側案を主張していた浦添市が取り下げたためだが、唐突感は否めない。

 県内移設ではなく移設なき軍港返還は不可能なのか、基地機能強化にならないかなど県は県民が納得できるよう説明責任を果たすべきだ。その上で沖縄の将来を見据えた判断をするよう強く求める。
 1974年に那覇軍港の移設条件付き全面返還が決まってから46年がたつ。移設先は95年の日米合同委員会で那覇港の浦添ふ頭地区に決定。96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告で合意した。
 移設反対を訴えて松本哲治氏が浦添市長に当選したが、その後、受け入れた。2017年には軍港と民港を一体とする南側案を掲げて再選した。そして今回、再び公約を翻して北側案を受け入れた。
 ここでいくつか疑問が生じる。第1に、46年前に決まった移設条件付き返還に有効性はあるのかという点だ。
 軍港の艦船寄港は減少傾向にあり、02年は1987年の3分の1程度(35隻)まで減った。03年以降公表しないのは事実上、遊休化しているからだとの指摘もある。使用頻度が激減しているのなら軍港を移設する必要はない。移設なき返還こそ県益、那覇、浦添の市益にかなうのではないか。
 第2に、移設が基地機能強化につながるのではないかという疑問だ。
 基地の整理縮小で合意したSACOの本質は、負担軽減ではなく県内移設して機能強化することにある。日本の税金で老朽施設を新たな基地に造り変えようとするものだ。
 例えば、米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古に、強襲揚陸艦が着岸できる軍港や、普天間飛行場にはない弾薬庫を新たに建設する。明らかに機能強化である。「辺野古新基地」と表現するのはそのためだ。那覇軍港の移設が、機能強化につながらないと保証できるだろうか。
 第3に、辺野古新基地建設に反対する県の立場と、軍港移設容認は矛盾するのではないかという疑問だ。
 玉城知事は「貴重な生物多様性のある海域、軟弱地盤の存在があるにもかかわらず、膨大な費用と長い年月と多くの県民が反対の意思を示している中で進められる代替計画とは全く意を異にする」と辺野古との違いを強調する。
 しかし、貴重な海域を埋め立てる行為は同じだ。軍港の県内移設を容認すれば、基地の固定化につながる。
 最後に、地方自治の在り方だ。米軍が難色を示し、国からの「圧力」や経済界からの声により、浦添市が南側案を取り下げたとしたら、自治がゆがめられていることになる。基地の整理縮小を実現するためには、妥協することなく沖縄側の自己決定権を行使していかなければならない。