<社説>自民結党65年 権力の暴走止める改革を


社会
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 自民党は15日、1955年の結党から65年を迎えた。結党以来、政権を失って野党になったのは、1993~94年の非自民・非共産連立政権時と、2009年~12年の民主党政権時の、わずか2度だけだ。国のかじ取りに大きな役割を担ってきただけに、その責任も重い。

 結党当初は「55年体制」で、自民党が国会の議席の過半数を確保し、旧社会党を中心とした革新勢力が3分の1以上の議席を保つ状態が冷戦終結後の1993年まで続いた。その後は2度、政権を失うが、政権復帰した2012年以降、国政選挙で勝利を重ね「自民1強」体制を固めた。
 しかしそれは「安倍1強」とも呼ばれる権力集中を生み、おごりやほころびの源泉ともなった。森友・加計問題、「桜を見る会」の私物化など疑惑のオンパレードが続く。日本学術会議任命拒否問題に見られるように国民に説明を尽くさない姿勢は現菅政権にも引き継がれている。透明性を高め自ら検証するなど権力を暴走させない党改革が必要だ。
 「55年体制」後、自民党の変質を印象付けたのは小泉政権時の構造改革だ。当時の小泉純一郎首相は、自ら所属する自民党を「ぶっ壊す」と叫び、党内の族議員らを抵抗勢力に見立て、対決した。ワンフレーズの言葉で世論を味方に改革を進めた一方で派閥は弱体化した。
 その後、民主党に政権を奪われ野党に転落し、再び政権を奪取する過程で派閥は再編され世代交代が進む。安倍政権は、派閥の指導者を取り込み、予算や省庁人事などの権限を官邸に集中させた。これが自民党議員や官僚が政権に忖度(そんたく)する体質を生んだ。
 その結果、疑惑が相次いでも問題がないかのようにやり過ごす「権力の暴走」が現出した。疑問が拭えない国民と政権の意識の乖離(かいり)は著しく、政治不信を増大させた責任は大きい。
 強力なリーダーシップの陰で、危うい政策が次々と進められた。小泉政権は米国の「テロとの戦い」を全面支援し、イラク戦争開戦も支持した。憲法や安保政策の枠を超える特措法で自衛隊を海外に派遣した。安倍政権は安保法制や特定秘密保護法、「共謀罪」法などを国民の根強い反対を押し切って成立させた。
 経済政策では、小泉構造改革以降、民間企業のリストラで非正規社員が急増した。格差社会を招き、アベノミクスは大企業を優遇し、非正規雇用をさらに増やす結果となった。
 沖縄の基地問題では、県民投票や知事選などで示された「反対」の民意を無視し、米軍普天間飛行場を返還しないまま、辺野古の軟弱地盤の上で新基地建設を強行し続けている。これも暴走の一つだ。
 政権の暴走を防ぐには、国民による監視や野党からの追及を強める必要がある。しかしまずは自民党が自覚し、自助努力することが肝要だ。