<社説>ネット中傷対策 被害者早期救済の一歩だ


社会
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 総務省の有識者会議がインターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策で、被害者が匿名の投稿者を特定しやすくするための新たな裁判手続きの創設を柱とする最終案をまとめた。政府は来年の通常国会に関連法を提出する。

 ネット上に流布する誹謗中傷の被害者を早期に救済する第一歩となる。言論の自由との調和を図りながら、制度の具体化を急いでほしい。
 現在の制度は中傷行為を止めるために被害者が多大の労力と時間を払わなければならない。匿名の投稿者を特定する情報を得るために、被害者は会員制交流サイト(SNS)事業者やプロバイダー(接続事業者)を相手にそれぞれ仮処分申請や訴訟を起こすなど、2回の手続きを経なければならないケースが多かった。それだけで1年以上の時間を要することもあった。
 新たな裁判手続きは事業者を訴えなくても、被害者の申し立てに基づき、裁判所が開示の適否を判断するため、手続きは一度で済む。時間や経済的な負担が軽減される。被害者の早期救済にとって前進となるだろう。
 いわれのない誹謗中傷にさらされ、苦痛にさいなまれている被害者が、多大な負担を払わなければ自らを守ることができないネット社会の悪弊は改められなければならない。新たな制度によって無防備の市民を攻撃する悪質な投稿を防ぐ効果も期待できる。
 気になることもある。表現の自由との兼ね合いだ。今回の制度改正によって、政治家や企業に対する正当な批判まで妨げられるようなことがあってはならない。政治家や企業が制度を乱用するような事態となれば不正を告発する投稿者が萎縮することになる。
 新たな裁判手続きは、正当な批判を封じる目的で制度が悪用されることがないよう、何度も同じ案件を蒸し返して開示を求めることができないようにしている。投稿者の意見を照会する仕組みも設け、言論の自由に配慮する。これで十分なのか、通常国会でしっかり議論すべきだ。
 裁判手続きは原則的に非公開となるのも気がかりだ。透明性が損なわれてはならない。被害者の人権やプライバシーの保護、表現の自由を尊重しながら適切な裁判がなされるよう、しっかりとした制度設計が求められる。
 今年5月、女子プロレスラー木村花さんがSNSで非難された後に死去したことが契機となり、今回の制度改正の論議が本格化した。ネット上の誹謗中傷はこれまでも続いており、被害は半ば放置されてきたのである。ネット業界の自浄作業が働かず、公的対応も遅れ、犠牲者が出たことは反省しなければならない。
 日々の生活や企業活動の中でネットは必要不可欠となったが、社会的な成熟度は不十分だと言っていい。人権を保護しつつネット社会の健全化を図るため、個々の利用者も自覚しなければならない。