人として当然の権利や幸福を国に奪われ、認められるべき補償もない。旧優生保護法の下、不妊手術を強制された人々はどこに救いを求めればいいのか。
強制手術は憲法違反だとする79歳の男性の訴えに対し、札幌地裁は15日の判決で、旧法を違憲と認めつつ、賠償請求を棄却した。
全国で同様に起こされた9件の訴訟で違憲判決は仙台、大阪両地裁に続き3例目だ。ただ違憲性に言及しなかった東京地裁を含め、除斥期間を理由に賠償を認めなかったのは札幌で4例目となった。
これまでの判決を見る限り、旧法が違憲であることは明らかだ。政府は速やかに救済措置を検討し直すべきである。司法も除斥期間を理由とせず、権力によって奪われた尊厳をいかに回復すべきか再考しなければならない。
今回の判決は仙台、大阪両地裁が示した憲法の幸福追求権(13条)、法の下の平等(14条)に加え、家族に関する個人の尊厳に基づいた立法を求める24条にも違反すると指摘した。違憲性をより明確に打ち出した点は評価できる。
それでも民法の規定に基づき賠償請求権が20年で消滅する除斥期間を適用した。法を盾に判断を回避しているとしか見えない。
司法が絶対視する除斥期間は本当に適当なのか。
不妊手術を強制された女性が昨年12月、国を相手に静岡地裁に提訴した裁判では、原告側が(1)被害者の権利行使が不可能(2)その原因を加害者が作った場合、例外を認める―という最高裁判例を挙げ、除斥期間の除外を求めた。
旧法から障がい者差別に該当する条文が削除されたのは1996年になってからだ。その間、救済法が成立するまで10年以上経過している。日弁連が国に謝罪や救済を求めたのは2017年のことだ。
被害者が声を上げられるようになったのは最近でしかない。司法が人権の砦(とりで)なら、声を上げられなかった背景にこそ目を向けてもらいたい。
国が責任を認めることも必要だ。19年に施行した救済法は被害者に一時金を一律320万円支給する。しかし法律の前文で加害の主体は「我々」となっており、責任の所在は曖昧なままだ。
旧優生保護法に関連する裁判は沖縄にも当事者がいる一連のハンセン病訴訟と通底するものがある。
周囲の人々の偏見や無理解が差別を助長した点だ。ハンセン病訴訟を通して被害や実態の差別が明らかにされ、救済を求める世論が高まった。
札幌地裁の訴訟では原告に対して「金が欲しいのか」などの中傷があったという。残念ながら障がいに対する偏見は世の中にいまだにある。
不妊手術を強制した背景に障がい者への偏見があったことは否めない。一人一人が差別意識をぬぐい去り、被害者とともに国へ働き掛けることが救済への道を開くはずだ。