<社説>リコール署名偽造逮捕 民主主義破壊する暴挙だ


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 自らの政治主張を正当化するため賛同署名を不正に水増しし、民意を捏造(ねつぞう)する。民主主義を破壊する暴挙だ。

 愛知県の大村秀章知事リコール運動を巡る署名偽造事件で、愛知県警は19日、リコール運動事務局長の元県議とその妻ら計4人を地方自治法違反の疑いで逮捕した。佐賀市内で複数のアルバイトを動員し、有権者の氏名を署名簿に記載させていた疑いだ。
 リコール運動は美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が主導し、河村たかし名古屋市長が支援した。現職市長が関係する運動体が組織ぐるみで犯罪行為に手を染め、地方自治の制度を悪用していた前代未聞の事態だ。
 高須氏の女性秘書が、他人の署名簿に指印を押していたことも判明した。偽造の動機や手口とともに、高須氏や河村氏の関与など、指示系統の全容についても解明を急がなければならない。
 リコール運動は「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が発端だった。河村氏は展示内容を批判し、作品撤去や開催中止を主張してきた。高須氏は、トリエンナーレ実行委員会会長だった大村氏のリコールに向け、知事解職の賛否を問う住民投票に必要な署名集めを開始した。
 リコール運動事務局は昨年11月、約43万5千人分の署名を愛知県選挙管理委員会に提出した。しかし、不正な署名が多数含まれているという情報に基づき県選管が調査すると、同一筆跡や死亡者の署名など、8割超に当たる約36万2千人分もの署名に不正が疑われる結果となった。
 運動を主導してきた高須氏や河村氏が、これだけ大量の署名水増しを知らなかったことがあり得るだろうか。少なくとも道義的な責任がある。
 河村氏は地方自治に携わる公職者だ。自身の関与を否定し、人ごとのような発言に終始するだけの態度は無責任きわまりない。運動の実態を徹底して説明するべきだ。
 住民が直接意思を示す直接請求制度は、代表制民主主義を補完する地方自治の仕組みとして認められている。県内では2019年2月に、9万2848筆の署名に基づく直接請求によって、辺野古新基地建設の賛否を問う県民投票が実施された。
 有権者の署名偽造がまかり通れば、直接請求制度の信頼は失墜し、健全な民主政治は機能しなくなってしまう。
 今回の署名偽造を受けて愛知県選管は、不正防止に向けたルールの厳格化を総務省に提言している。署名集めを行う受任者の氏名や住所を事前に届ける制度の導入が提言の柱だ。制度の悪用を防ぐ改革はやむを得ないとはいえ、政治参加のハードルが上がり、住民運動が萎縮することは避けなければならない。
 偽の「民意」によって民主主義を冒涜(ぼうとく)した今回の事件がもたらす影響は、あまりにも深刻だ。