<社説>スコットランド選挙 自己決定権行使に注視を


社会
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 英スコットランド議会選で、英国からの独立を目指す地域政党スコットランド民族党(SNP)が第1党を維持し、独立派の小政党との合計で過半数となった。SNPの党首は、独立を問う住民投票の許可権限を持つジョンソン英首相に実施を認めるよう求めた。首相は実施に反対の立場だが今後、独立への動きは加速するとみられる。

 スコットランドが独立を目指す背景にはイングランドから受けてきた差別の歴史がある。英国唯一の核兵器基地が押し付けられていることも含め、日本における沖縄の歴史や現状に問題の構図が似ている。スコットランドが武力を使わず住民投票で平和裏に自己決定権を行使する過程には学ぶ面が多い。その動きを沖縄と重ねながら注視したい。
 スコットランドは大きな分権改革を経験してきた。1997年の住民投票でスコットランド議会の設置を勝ち取って以降、英国議会からの権限委譲が進んだ。国防や外交、貿易の自由、社会保障、全国レベルの単一市場に関わる部分以外は権限を持つ。
 住民自ら分権の姿・形を描き、分権推進運動を主導してきた。運動の元はスコットランド憲法制定会議だ。フランス革命時の憲法制定国民会議をモデルに設置し、1989年に主権や憲法制定権を持つことを宣言した。
 宣言を基に憲法に相当する基本法を制定。英国国会がそれを国会の制定法として法律化したため、独立への動きなど自己決定権の行使が国内外に承認されている。これを背景にSNPは議席を伸ばし、独立を問う住民投票の大きな原動力となっている。
 当時のキャメロン英首相が許可した2014年9月の住民投票では、独立賛成が44・65%だったのに対し、反対は55・25%で反対が約10ポイント上回った。その直後から独立派は英国のEU離脱をにらんでいた。国民投票で離脱を選択した場合、EU残留を望むスコットランドは再び独立を問える―と息巻いていた。
 実際、16年の国民投票でスコットランドでは残留を選んだ票が離脱を上回ったが、中央政府は離脱に突き進んだ。それへの不満も独立派を後押ししている。
 沖縄にも、自己決定権や民意がないがしろにされてきた歴史がある。直近では、1996年、2019年と、米軍基地に関する県民投票を2度実施したが、その意思に反し改善に至っていない。「基地のない平和な島」を目指した日本復帰から来年で半世紀となるが、基地が集中する現状は変わっていない。
 沖縄の人々が自己決定権を行使し、平和裏に自らの意思を中央政府の政策に反映させることを目指すなら、スコットランドの動きはモデルになる。スコットランドは今後、どう住民投票を国内外に承認させるかが鍵だ。その実現は県民投票を経験してきた沖縄にとって大いに学べる。