<社説>毒ガス漏れ1969年以前も 未公表情報を開示せよ

 1969年に発生した化学兵器の毒ガス漏れ事故以前にも、毒ガス漏れ事故が発生していた。驚くべき事実が、当時のランパート高等弁務官の口述記録で明らかになった。

 県民の命に関わる問題である。米軍に対し、過去の致死性の化学物質事故と処理情報の開示を強く求める。日本政府も米国に情報開示を働き掛けるべきだ。
 毒ガス事故は、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が69年7月18日付で報道したことによって発覚した。WSJは7月8日に「在沖米軍基地でVXガスが漏れ、米兵ら25人が病院に搬送された」と伝えた。
 我部政明琉球大名誉教授が入手したランパート氏の口述記録によると、毒ガス漏れ事故後、米陸軍補給部隊の司令官だったホーナー少将から電話があった。事故の報告を受けたのに加え、事故は「初めてではなく、過去にもあった」と伝えられたと記している。しかし、この事故の詳細は不明だ。
 さらにホーナー氏は7月8日に事故を起こした毒ガス兵器について「心配はいらない。船に載せて捨てる」と海洋投棄の方針を伝えたとも記されている。
 我部氏は「多くの弾薬を海上投棄したのは沖縄戦後に顕著だったが、69年にもあった。化学兵器も海上投棄するならば、ベトナム戦争で使用した枯れ葉剤も埋設や海上投棄したのだろうと推測される」と指摘している。
 危険な物質を海洋投棄したとすれば、50年経って容器が腐食や亀裂を起こし、漏れ出していないのか。自然環境への影響はどうなのか。疑問は尽きない。
 一方、我部氏が別で入手した機密指定を解除された米国務省公電によると、毒ガス漏れ事故を報じたWSJに対し、米国政府が報道前に「高いレベルで」圧力を掛けていたことが示唆されている。
 都合の悪い情報の隠蔽(いんぺい)、矮小(わいしょう)化は繰り返されている。
 毒ガス漏れ事故の10年前の59年6月、米軍那覇飛行場で核弾頭を搭載したミサイルを誤射し海に落下させた。米軍は事故を県民に伏せて密かにミサイルを回収。事故から半世紀以上が過ぎて報道で発覚した。65年には沖縄の東部沖で核搭載機が空母タイコンデロガから海へ転落した事故も伏せられ24年後に明らかになった。
 米軍は猛毒のダイオキシンが含まれている枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」を沖縄に持ち込んだ。枯れ葉剤はベトナム戦争で使用され、ベトナム住民や米兵に深刻な被害をもたらした。その枯れ葉剤が2013年6月、沖縄市の地中に埋められたドラム缶から大量に見つかった。
 沖縄に密かに持ち込まれた毒ガス1万3千トンは50年前に撤去したとされる。それは事実か。貯蔵するだけで使用されなかったのか。解明されていない部分はまだ多い。



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