<社説>森氏「最高顧問」案 五輪の理念を問い直せ


社会
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 この組織にコンプライアンスや「世間の常識」といったものがあるのだろうか。

 東京五輪・パラリンピック組織委員会のことだ。女性蔑視発言で辞任した森喜朗前会長が、名誉最高顧問に就く案が浮上した。
 過去の言動などが差別に当たるとして辞任した人物が相次ぎ、組織委への国民の信頼はないに等しい。今こそ「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進」という五輪の理念を問い直すときだ。
 23日の開会式は旗手に八村塁選手、聖火最終走者に大坂なおみ選手を起用した。共に肌の色などを理由とする差別と闘ってきた選手だ。しかし多様性を認め合うという開会式のメッセージは霧散した。森氏の最高顧問就任案は組織委が「女性蔑視は問題でない」と認めたも同然だからだ。
 最高顧問就任の理由は「開催に尽力した」ことだとされる。女性の存在を否定する人物が全ての差別を禁じる五輪に関わっていいはずがない。
 森氏だけでなく、これまで東京五輪の開閉会式を担当する人物が辞任、解任された問題でも同じことがいえる。
 開会式音楽担当の小山田圭吾氏は学生時代に行った障がい者らへの「いじめ」が問題視された。内容はとても「いじめ」とはいえない。暴行そのものだった。
 開閉会式演出統括の小林賢太郎氏は過去に演じたコントで、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)に「ごっこ」という言葉を付けて揶揄(やゆ)した。
 小林氏の前に演出を担当した佐々木宏氏は女性タレントの容姿を侮辱する提案をしたことが発覚した。
 いずれも命の尊厳や異なる個性への無理解が根底にあった。世界に発信する舞台をつくるのに適任であるのか、事前の議論をなおざりにした組織委の姿が透けて見える。
 そもそも東京五輪には重大な疑惑がくすぶり続けたままだ。日本オリンピック委員会(JOC)前会長の竹田恒和氏にかけられた贈賄疑惑だ。
 招致のため国際オリンピック委員会(IOC)委員を務めたアフリカの有力者に2億円超が渡ったとされる。
 フランス当局の捜査着手から5年がたつが、竹田氏やJOCの明確な説明はない。
 前回リオ五輪の組織委会長が買収で逮捕されるなど五輪招致に絡む金銭問題は日本だけに限らない。だがIOCのバッハ会長も金銭問題撲滅へ指導力を発揮できていない。
 今回の五輪は差別を放置する日本社会、膨大な放送権料など既得権益にこだわるIOC、意思決定の過程が見えない中での経費増大といった五輪の負の側面がさらけ出された。国民に残る開催への疑問や違和感はこうした国内・国際組織の在り方が原因だ。
 夢の舞台に臨む選手が場外の雑音に惑わされることは許されない。
 改めて五輪を開催する意義とは何か、五輪憲章にうたわれた理想を読み返したい。