<社説>黒い雨訴訟上告断念 原告以外も救済すべきだ


社会
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 広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」を巡る訴訟で、被爆者健康手帳の交付を認めた広島高裁判決について、政府は上告を断念した。

 当然の判断である。原告14人が無念のうちに死去している。遅きに失した。
 被爆から76年。高齢化が進む体験者に手を差し伸べられる時間は限られている。一刻も早く被爆者健康手帳を原告に交付して救済措置を講じ、原告以外の被害者にも救済の道を広げるべきだ。
 この裁判は、原爆投下直後に大雨が降ったとする「特例区域」の線引きの妥当性が争われてきた。
 特例区域は爆心地周辺の援護区域の外側で、北西へ約19キロ、幅約11キロの楕円形の範囲だ。この区域内で黒い雨に打たれ、特定の11疾病を発症した人には被爆者健康手帳が交付され、医療給付の援護が受けられる。だが、原告には特例区域から数十メートル外れただけで援護の対象にならない人もいる。
 一審の広島地裁は「黒い雨は特例区域にとどまるものでなく、より広範囲で降った」と認めた。
 広島高裁はさらに踏み込み、黒い雨に直接打たれるだけでなく、雨に含まれた放射性物質が混入した井戸水や野菜の摂取による体内被ばくも認めた。被爆者認定要件については「放射能による健康被害が否定できないことを立証すれば足りる」とし、「科学的知見で裏付けられるべきだ」とする被告の主張を退けた。
 広島高裁判決に関し、国は「判決は科学的知見に基づかない」として、早期救済を求める広島県と広島市に上告するよう働き掛けていた。早期の裁判決着を願う被爆者の思いを踏みにじるものだ。
 国の態度は「戦争遂行主体の国が自らの責任で救済を図る一面もあり、国家補償的配慮が制度の根底にある」という高裁判決の趣旨をまったくくみ取らないものであった。
 上告断念を受けた首相談話の中で「『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれないものであり、政府としては容認できるものではありません」と述べている。
 しかし、被爆者援護法は「原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害」と規定しているので、首相談話には違和感がある。
 「容認できない」と言うのに突如として判決を受け入れる態度に転じたのはなぜか。低調な内閣支持率や次期衆院選を見据え政権浮揚に向け「政治決断」を演出したのであれば論外である。
 今後、原告以外の「黒い雨」の被害者や、長崎の「被爆体験者」らを手帳の交付対象とするかどうかが焦点となる。新たな被爆者の認定へと歩みを進めるべきだ。