<社説>米軍の域外訓練容認 拡大解釈は許されない


社会
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 米海軍のヘリコプターが米軍提供区域外の名護湾でつり下げ訓練を実施していた問題で、外務省沖縄事務所の橋本尚文沖縄担当大使は、提供施設・区域外での米軍機訓練を容認する日米地位協定の解釈を示した。

 米軍の都合のいいように地位協定を拡大解釈することは、沖縄が治外法権のような状態に置かれることを意味する。県民の安全よりも、米軍の権利を優先する態度は決して容認できない。
 今年5月、沖縄の施政権返還(日本復帰)から50年を迎える。米軍は施政権を返還したが、基地の自由使用権は手放さなかった。
 日米地位協定は米軍の基地使用、行動範囲などを定めている。米軍機が基地間を自由に移動することは認めているが、訓練の実施は提供区域に限定している。日米の合意では、提供区域内で訓練する場合、使用期間などについて日本側に事前に通告することになっている。
 第11管区海上保安本部によると、事前通告に基づいて海上安全情報として航行の安全を呼び掛ける。だが今回は米側から通知がなかったため地元漁協などに訓練に関する情報を出せなかった。民間人の安全を確保するための、こうした仕組みを無視したことは大問題である。
 日米合同委員会は、米軍機の飛行について、国際民間航空機関(ICAO)や日本の航空法上の最低安全高度規定と同様の飛行行動規則を米軍に適用することで合意している。航空法は最低高度を何もない場所で海面などから150メートルと定めている。今回の訓練はこうした合意にも反していた。
 そもそも沖縄大使の主な任務は、基地問題について県民の不安や不満を米軍に伝え、問題解決を図る役割のはずだ。その任務を放棄して危険な訓練を許す地位協定の拡大解釈はもってのほかだ。
 日本復帰後、1980年代まで米軍の事件・事故の抗議を一手に引き受けたのが那覇防衛施設局だった。だが抗議の度に「本来、抗議の窓口は主管官庁の外務省」と繰り返され、らちが明かなかった。当時の西銘順治知事は日本政府を「弱腰」と批判して、「常駐の大使でなければ意味がない。出先機関が駄目なら外務省から県に出向してもらおう」と外務省に求めた。90年から外務省職員の出向が始まり、97年2月から沖縄大使が実現した。その経緯からすれば橋本大使の発言は、沖縄大使としての資質が問われる。
 米軍は、那覇軍港への航空機離着陸や訓練空域外での低空飛行など、従来にない訓練使用を激化させている。
 復帰50年を迎えた沖縄で、復帰前と変わらず、軍事優先がまかり通っている。米軍による沖縄の基地の自由使用を日本政府が追認する中で、県民の生命・財産が危険にさらされている。主権国家としてあるまじき姿である。