<社説>施政権返還50年(11)これからの針路 平和な島 全国民の意思で


社会
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 米国から日本に沖縄の施政権が返還されて50年の節目に当たり、玉城デニー知事、岸田文雄首相がそれぞれの言葉で沖縄の発展を誓った。

 共通するのは沖縄を平和創造の国際的拠点とし、世界平和に貢献していこうとする決意だ。一方で半世紀前に県民が願った「基地なき島」の実現については溝が際立った。
 日本の安全保障のため、安保条約を認めるのであれば、沖縄の過重な基地負担解消に向け、全国民が「自ら負担を引き受ける」という意思を示す必要がある。政府は沖縄以外の地で理解を得る努力をすべきである。50年の節目は単なる祝賀行事ではない。国民全体で沖縄の負担をわがこととし、改めて考える出発点としなければならない。
 首相は50周年式典の式辞で、沖縄の基地負担について「重く受け止め、引き続き、基地負担軽減に全力で取り組んでまいります」と述べた。ただ「日米同盟の抑止力を維持」するという留保付きだ。式辞では触れなかったが、普天間飛行場返還に伴う名護市辺野古への新基地建設は、撤回しないことを表明している。
 対して知事は「『沖縄を平和の島とする』という目標が、復帰から50年たってなお達成されていない」と指摘した。その上で「沖縄の本土復帰の意義と重要性について国民全体の認識の共有」へ取り組むよう政府に求めた。
 知事が「国民全体の認識」を求める理由は、各種の世論調査からも明らかだ。
 共同通信の全国調査で、沖縄の基地負担を不平等と捉える人は79%いたが、自分の住む地域への移設は69%が反対した。琉球新報・毎日新聞の世論調査でも自分の住む地域への移設は52%が反対だ。
 ロシアのウクライナ侵攻を契機に、海洋進出を図る中国、ミサイル開発を進める北朝鮮への対応として地政学などを持ち出して沖縄の基地負担を正当化する議論が強まる。
 その議論は正しいのか。米国でも戦略的必然性はないとの意見がある海兵隊駐留、ミサイルの射程圏内にある在沖基地の脆弱(ぜいじゃく)性など根本的な問題を無視し、外交努力を怠って「力には力」という短絡的思考がまかり通っていないか。
 有事となれば標的にもなる軍事施設を沖縄に集中させてよいのか。沖縄が再び戦場にならないかという県民が当たり前に持つ不安に対し「自分の土地に基地はいらない」と回答する多数の国民は想像力を働かせてほしいと願う。
 1972年の復帰記念式典で屋良朝苗知事(当時)は「厳しさは続き、新しい困難に直面」することを憂慮した。政府や国民に「これまで以上のご関心とご協力」を念願した。
 半世紀を経ても屋良氏の憂慮は解消されていない。玉城知事は式辞の結びで「まじゅんちばてぃさびらな」(共に頑張りましょう)と語った。「まじゅん」と呼び掛けられたのは、沖縄県民だけでないことを認識してもらいたい。