<社説>相模原殺傷事件6年 全ての命に価値がある


社会
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 2016年7月に神奈川県相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件から、6年が経過した。

 障がい者への偏見や差別を増幅させ、人の命を奪うことさえ正当化する加害者のゆがんだ認識はどのように生み出されたのか。真相は十分に解明されておらず、事件を風化させてはいけない。「命の選別」を是とする風潮は容認できない。命に二重基準などない。全ての命は存在するだけで価値がある。
 20年1~3月に行われた裁判員裁判で、元施設職員の植松聖被告に死刑判決が言い渡され、その後確定した。ただ、植松死刑囚は今年4月に再審を請求している。
 植松死刑囚は裁判でも「意思疎通ができない重度障がい者は周囲を不幸にする不要な存在」などと差別発言を繰り返していた。裁判は責任能力の有無に審理が費やされ、生命の価値に上下を付ける「優生思想」がどのように形成され、大量殺人にまで至ったのかという犯行動機が解明されたとは言い難い。
 事件は「共生」の在り方について、社会全体に重い課題を突きつけた。インターネット上には、障がいを持つ人に危害を加えることを想起させるような言葉の暴力が横行している。安楽死や尊厳死を議論する中で、生産性で人間の価値を測り、寝たきりなど自立が難しい人は「命の選別も仕方がない」と同調圧力を強いるような風潮もある。
 裁判では、氏名を公表すれば誹謗(ひぼう)中傷にさらされるかもしれないと危惧する声が被害者や遺族側にあり、被害者のほとんどは「甲」「乙」などの匿名で審理された。
 事件後も生きた証しを伏せざるをえないほど、障がい者や家族を抑圧する暴力的な差別と偏見が社会にあることを直視しなければならない。
 施設側にも問題が指摘された。事件後に神奈川県と第三者委員会はやまゆり園で入所者への虐待の疑いがあったと指摘する報告書を公表し、事件の背景になったとの見方もある。同県では別の知的障がい者施設でも、「入所者の直腸に金属製ナットが入っていた」など約40件もの虐待疑いの情報が寄せられた。
 医療施設が足りなかった沖縄にはかつて「私宅監置」があった。今も密室で起こる人権蹂躙(じゅうりん)の実態を明らかにする必要がある。
 26日は、08年に秋葉原で無差別殺傷を起こした加藤智大死刑囚の刑が執行された。19年の京都アニメーション放火、21年の大阪市北区での雑居ビル放火など無差別的な殺傷事件は後を絶たない。
 社会的な弱者を狙い、無関係な人を巻き添えにする身勝手な犯行は許されない。だが、孤立や困窮から自暴自棄になるなど、凶行に至った経緯を理解せずに再発防止は難しい。加害者の心の闇を生み出した社会の問題まで深めて考えることが重要だ。