<社説>水俣病発言遮断 終わらぬ被害の認識を


<社説>水俣病発言遮断 終わらぬ被害の認識を
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 あまりにも心ない行為だ。公害被害の救済という環境行政の原点に立ち返ってもらいたい。

 水俣病の公式確認から68年となった1日、熊本県水俣市で開かれた伊藤信太郎環境相と患者・被害者団体との懇談で、環境省の職員が強制的に被害者側の発言を制止する信じがたい進行があった。
 水俣病患者と認定されないまま昨年4月に亡くなった妻の苦しみを訴えていた松崎重光さんらに対し、持ち時間の3分を超えると職員が発言を遮り、予告なくマイクの音を切ったのだ。1団体3分の制限時間はこれまでも設けていたが、実際にマイクを切ったのは初めてだったという。
 被害者側は「言論を封殺する許されざる暴挙」と抗議した。環境省は伊藤氏の帰りの新幹線に間に合わせるための運用だったとしたが、国の都合で一方的に押し切ることに対して反発が上がるのは当然だろう。
 本当に被害者の声に耳を傾ける姿勢があれば、機械的にマイクを切る乱暴な扱いはありえない。そもそも被害の実相を伝えるのに3分という時間は短すぎる。
 歴代の環境相が毎年、犠牲者慰霊式が営まれるこの日に水俣市を訪れてきたのはなぜか。それは水俣病が「公害問題の原点」であり、68年たった今もなお被害が終わっていない公害であるためだ。
 水俣病は、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀が、食物連鎖を経て人体に取り込まれて発生する中毒性の神経疾患だ。戦後の経済成長の陰で、利益優先の行為によって何も知らない多くの住民に健康被害が生じた。
 企業の責任はもちろん、対策を放置して被害の拡大を止められなかった行政の責任も重大だ。国は水俣病など四大公害病をきっかけに1971年、前身の環境庁を設置して公害規制行政を一元化した。
 これまでに公害健康被害補償法に基づく水俣病の認定は約3千人だが、潜在患者は10万人ともいわれる。国などに患者認定や損害賠償を求める人が相次いでいる。昨年9月の大阪地裁、今年3月の熊本地裁、4月の新潟地裁でも全原告や一部の原告の罹患(りかん)を認める判決が出た。
 被害者や家族は苦しい病気との闘いや長い法廷闘争に加え、差別や偏見にもさらされてきた。公害問題への正しい理解を国民に広げることも含め、真の被害救済に向き合わなければならない。
 伊藤環境相は8日に再び熊本県水俣市を訪れて一連の対応を謝罪した。当然だ。
 「水俣病胎児性小児性患者・家族・支援者の会」の加藤タケ子事務局長は、発言を遮った環境省の責任者に「あなたの心は痛みましたか」と尋ね、「痛む心を持ってください」と語りかけた。
 痛みを負わされた国民の立場に寄り添えるのか。環境行政の信頼回復に向けて真摯(しんし)な検証が問われている。