<社説>深刻な社会分断克服を トランプ氏銃撃事件


<社説>深刻な社会分断克服を トランプ氏銃撃事件
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 米国のトランプ前大統領が演説中に銃撃された。危うく頭部を直撃するところだった。政治家は民衆の代弁者であり、その言論や行動を暴力で押さえ込もうとするテロ行為は断じて容認できない。民主主義への重大な挑戦であり、断固として非難する。

 トランプ氏は無事だったが、集会参加者の男性が死亡したほか、2人が重傷を負った。発砲したとされる男は射殺された。捜査当局が暗殺未遂事件として捜査しており、事件の全容解明が待たれる。

 銃撃は、大統領選の選挙集会に参加した多数の民衆を危険にさらした。民主主義の基盤である選挙を破壊するような行動は、今後の選挙戦にも影響を与えよう。

 今回の事件は米国社会の深刻な分断を浮き彫りにした。トランプ氏が大統領選に出馬した2016年以降、米国では「トランプ派」と「反トランプ派」の対立が起き、憎しみの連鎖による事件が散見されるようになった。

 20年の大統領選後には、選挙結果を不服とする支持者らがワシントンの連邦議会議事堂を占拠し、死傷者が出る前代未聞の事件が発生した。憎悪をあおるようなトランプ氏の行動にも問題があった。

 暴力で選挙結果を覆そうとした支持者を、「愛国者」と称賛するトランプ氏への批判は根強い。敵対勢力を排除するためには強硬手段もいとわないという風潮が米国社会に蔓延(まんえん)している。

 米大統領選では、現職のバイデン氏への撤退論が浮上するなど、混沌(こんとん)とした状況が続いている。こうした中で発生した今回の事件は、世界に大きな衝撃をもたらした。

 容疑者が射殺されたため、動機の解明がどこまで進むか不透明だが、仮にトランプ氏の再選を暴力でもって阻止しようという狙いがあったのなら言語道断だ。

 事件後、対立候補のバイデン大統領は「私たちは一つの国家として団結し、これを非難しなければならない」と国民に連帯を呼びかけた。トランプ氏の妻メラニア氏も「勇気と良識を高め、再び一つになる必要がある」との声明を発表した。米社会は冷静さを取り戻すべきだ。今回の大統領選を通じて憎悪の連鎖を断ち、分断を克服する機会としなければならない。

 政治家を狙った暴力は世界各地で起きている。日本でも22年7月に安倍晋三元首相が演説中に銃撃され亡くなった。23年4月には岸田文雄首相の演説会場で爆発物が投げ込まれている。スロバキアでは今年5月、フィツォ首相が銃撃され、一時重体となった。ブラジルでは18年9月、大統領選に出馬していたボルソナロ下院議員(当時)が腹部を刺された。

 今こそ、政治的な主張や信条を超えて「暴力は絶対に許さない」という認識を国際社会は共有すべきだ。一切の暴力と決別し、民主主義を立て直す時期に来ている。